三菱電機が開発した「悪天候に強いセンサー技術」。状況に応じて最もデータの「信頼度」が高いセンサーを使い分ける(資料:三菱電機)
あまり知られていないことかもしれないが、自動運転車は雨や霧に弱い。これはセンサーが働きにくくなるためだ。このコラムでも何度か触れているが(例えば「自動運転用センサーで『ライダー』が台風の目に」や「大胆だけれど細心な日産の自動運転技術」を参照)、現在の自動運転車のセンサーで三種の神器と言われているのが「カメラ」「ミリ波レーダー」、それに「LiDAR(ライダー)」の3種類である。これらのセンサーは周囲の状況を知るのに光や電波を使っているのだが、雨や霧(そして雪も)は程度の差こそあれ、これらを遮ってしまう。このためセンサーの感度が下がってしまうわけだ。
三菱電機は2月に報道関係者向けに開催した「研究開発成果披露会」で、天候に応じてこの3種類のセンサーからの情報を最適に組み合わせて判断する「悪天候に対応可能な車載向けセンシング技術」を開発した。従来だとシステムが停止してしまうような、雨量が毎時80mmというような土砂降りの豪雨や、15mほど前までしか見えない濃霧でも、新技術を使うと自動ブレーキを作動させることができたという。この技術を応用すれば、悪天候に強い自動運転車が実現できる可能性がある。
3種類のセンサーで役割分担
新技術の説明の前に、まず自動運転車が3種類のセンサーを持っている理由について触れておこう。それは、それぞれのセンサーに一長一短があるためだ。カメラは、外界からの光を画像の形で捉えるもので、物体の形状を判別するのは得意だが、物体までの距離を直接計測することはできない。このため、物体との距離を知るためには、例えばステレオカメラのように二つのカメラを並べてその画像の差から距離を推定したり、画面に写っている物体の位置や道路の形状から距離を推定するといった画像処理が必要になる。
一方のミリ波レーダーは、文字通り波長が1~10mm、周波数が30~300GHzの「ミリ波」を使うレーダーである。このミリ波を前方に照射し、物体にぶつかって反射してきた信号を、アンテナで受信して、電波を発射してから戻ってくるまでの時間を測ることで、物体との距離を知ることができる。つまりカメラと異なり、物体との距離を直接測定できるという強みがある。現在、クルマに使われているミリ波レーダーでは、76GHz付近の電波が使われている。
そして最後のライダーは、赤外線レーザー光を発射して、その反射光が戻ってくるまでの時間から、物体までの距離を測定する。物体の有無や物体までの距離を測定する原理はミリ波レーダーと同じなのだが、ではなぜミリ波レーダーとライダーの両方を装備するのか。それは、レーザー光の指向性がミリ波レーダーよりもさらに高いので、ビームを小さく絞り込むことが可能だからだ。このため、物体がどこにあるか、物体との距離がどの程度か、ということをミリ波レーダーよりも高い精度で検知することができる。その精度は、ライダーの設計にもよるが、数cmといわれている。これだけ高精度なので、物体との距離だけでなく、その形状までもかなり詳細に知ることができる。
ただしライダーが検知できる範囲は、通常100m以内で、それ以上遠くの物体の検知はレーザー光が減衰するため難しい。また、雨や雪など、悪天候になると検知範囲はさらに狭くなる。しかし、高速道路などを走行する場合には200m以上遠くの物体を検知する必要がある。これがライダーだけでなくミリ波レーダーも必須な理由だ。
しかしミリ波レーダーは物体との距離は把握できても、レーザー光より指向性が低いのでその物体の形状は分からない。それどころか現状のミリ波レーダーは、そもそもその物体がどの位置にあるのかを判別することさえ難しい。ライダーは物体の位置や形状は分かるが、色を判別する能力に限界があるので標識や道路表示を読み取るのは難しい。その意味でカメラの搭載も必要だ。三つの種類のセンサーの分担について大雑把にいえば「遠くの物体を検知するミリ波レーダー、近くの物体を検知するライダー、そして物体が何であるかを理解するためのカメラ」ということになる。
自動運転車の例。これは日産自動車の実験車両だが、車体のいたるところにカメラ、ミリ波レーダー、ライダー(日産はレーザー・スキャナーと呼ぶ)を搭載していることが分かる(写真:日産自動車)
どのセンサーからのデータを信頼するか
従来のシステムでは、「遠い物体との距離は主にミリ波レーダー」「中近距離の物体との距離はライダー」「物体が何であるかはカメラ」というようにそれぞれのセンサーの分担を決めていた。しかしそれだと、例えば濃霧などに対してはカメラやライダーの性能が大きく落ちてしまうため、システムが正常に作動しなくなってしまう場合が多かった。
これに対し、今回三菱電機が開発した技術は最初から各センサーの役割を固定してしまわず、その瞬間その瞬間で、最も信頼できるセンサーはどれかを評価しながら、リアルタイムでセンサーごとの分担を変えてしまうという点が新しい。具体的には、3種類のセンサーで同じ物体の速度・車幅・向き・距離などのデータを計測し、次の瞬間にその物体がどこの位置に移動するかを予測する。そして次の瞬間に測定した実際のデータと比較し、予測データと実際のデータの誤差が最も少ないセンサーが、その時点で最も「信頼度」が高いと判断し、この信頼度に基づいてどのセンサーからのデータを重要視するかを判断するというものだ。
例えばある時点で物体の「位置」に関してはライダーの計測データの信頼度が最も高かったが、その物体の「向き」や「速度」についてはミリ波レーダーからデータの信頼度が最も高いとしたら、位置に関してはライダーの、物体の向きや速度についてはミリ波レーダーからのデータを使って判断する。これにより、従来のように各センサーの役割が固定されているシステムに比べて動作範囲が拡大するという。
日本自動車研究所の特異環境試験場で実証実験を実施したところ、冒頭で紹介したように毎時雨量80mmという猛烈な雨の中で、最大時速40km で走行しているときでも自動ブレーキが作動し、障害物との衝突回避が可能であることを確認した。雨が降っていて、なおかつ夜間の場合でも作動することも確認している。同様に、視界が15mほどしか利かない濃霧の中で時速10~15km で走行しているときも、自動ブレーキが作動することを実証したという。さらに、カメラが働きにくい逆光の条件でも、時速10~40km での作動を確認した。これらの条件では、いずれも従来のシステムだと自動ブレーキが作動しなかったという。三菱電機はこのシステムを改良して2023年度以降に実用化することを目指している。
目からウロコのモーター構造
今回の研究開発成果披露会では、このほかにもいくつか自動車関連の新技術が披露された。その一つは小型化と高出力化を両立したハイブリッド車(HEV)用の駆動システムだ。このシステムはモーターを駆動するための回路を内蔵したパワーユニットと、モーター本体から構成されている。いずれも体積当たりの出力で世界最高クラスの水準を実現している。
世界最高水準の小型化を実現したパワーユニット(上)とモーター(下)
このうち、パワーユニットのほうはモーターを駆動する回路にSiC(シリコンカーバイド)素子を用いたのが特徴だ。SiCは現在のモーター駆動回路に使われているSi(シリコン)に比べると、電流をオン・オフするときの損失が小さいのが特徴だ。このため回路の効率を高めることができ、エネルギー消費を減らせる。損失に伴う発熱量が減るうえ、Si素子よりもSiC素子のほうが耐熱性が高いので、そのぶん放熱部品が省ける。このため機器の小型化に有利だ。
こうしたSiCの特徴を生かして、2017年には体積が5Lという発表当時業界最小のパワーユニットを発表していたのだが、今回は部品配置の密度を上げたり、配線の構造を工夫したりして、従来の半分近くの2.7Lまで小さくした。これがどのくらい小さいかというと、例えばトヨタの現行型「プリウス」のパワーユニット〔トヨタはパワー・コントロール・ユニット(PCU)と呼ぶ〕は8.4Lあり、今回の開発品の3倍以上だ。三菱電機の開発品とトヨタのPCUでは出力の仕様や機能が異なるので厳密な比較にはならないのだが、今回の三菱電機の開発品がどのくらい小さいか、目安にはなると思う。
一方、モーターのほうも従来に比べると同じ出力なら2~3割程度の小型化に成功した。この小型化を可能にしたのが、回転方向に対して非対称な構造にしたことだ。モーターのローター(回転する部分)には永久磁石が埋め込んであるのだが、従来のモーターは他社製品も含めて回転方向に対して対称な配置で磁石が埋め込んであることが多かった。しかし、クルマはほとんどの場合前進しており、バックで走る距離は非常に少ない。ということはモーターも、前進方向に回転していることはほとんどだということだ。三菱電機はこの点に注目して、前進方向に回転するときにトルクを確保するのが有利な非対称の配置を採用した。このため逆回転のときの出力特性はいくらか犠牲になっているのだが、バックで高出力を必要とするような状況は考えにくいから、とても合理的な考え方で、なんで今までこの発想がなかったんだろう、と目からウロコが落ちる思いだった。
ローター内部の磁石の配置を回転方向に対して非対称にした(資料:三菱電機)
あまり知られていないことだが、三菱電機は電動パワーステアリング用のモーターで世界でもトップクラスのシェアを占めており、またハイブリッドシステム用のインバーター(モーターを制御する回路)をホンダに提供するなど、縁の下の力持ち的な存在である。今回の披露会でも、自動車関連ではこのほかセキュリティ関連や不特定多数のユーザーが何語を話すか分からない状況でも高精度な音声認識を実現する「シームレス音声認識技術」、高精度な造形物ができる金属3次元プリンターの新技術などを展示した。クルマの電動化や電子化が進展すれば、縁の下で支える場面がますます増えそうだ。
この記事はシリーズ「クルマのうんテク」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
Powered by リゾーム?