ほぼ5年ぶりに復活したホンダのハイブリッド専用車「インサイト」。初代から数えて3代目にあたる
偶然なのだろうけれど、ホンダのハイブリッド専用車「インサイト」は、ほぼ10年おきに復活するクルマだ。初代インサイトは1999年9月にホンダ初のハイブリッド専用車として登場し、当時としては世界最高の35km/L(10・15モード、5速手動変速機仕様)という燃費を実現した。軽量化のため車体骨格にアルミニウム合金を採用し、樹脂製外板も多用した先進的なボディにより820kgという車両重量(5速手動変速機仕様)に仕上がっていた。車体形状も空力特性にこだわり、空気抵抗係数(Cd値)0.25という当時としては世界最高の値を達成したモデルだった。いわば先進技術のカタマリのようなクルマだったのだが、2人乗りということもあって販売台数は伸びず、2006年に生産は打ち切られた。
2代目のインサイトは、初代からほぼ9年半後の2009年2月に発売された。2代目インサイトの最大の特徴は、当時のハイブリッド車としては画期的な180万円(当時は5%だった消費税込みで189万円)という価格をベース車種で実現したことだ。これは、当時のシビックハイブリッドのパワートレーンをベースに、電池の数を減らしたり、車体や足回りには初代「フィット」の部品を流用したりするなど徹底的な低コスト化を図ったことで可能になった。2人乗りで販売が伸びなかった初代への反省から2代目インサイトは4ドア車となったのだが、その甲斐あって、2009年4月の登録車販売台数で、2代目インサイトは主力車種であるフィットをも上回り、ハイブリッド車で初の首位を獲得した。
ところがこの快進撃が、ハイブリッド車の盟主を自認するトヨタ自動車の虎の尾を踏んだ。トヨタは2009年5月に発売した3代目プリウスのベース車種の価格を、2代目プリウスの最も安いグレードより30万円近く低い205万円に設定するとともに、2代目プリウスを低価格で継続販売するというインサイト包囲網を形成した。継続販売する2代目プリウスには2代目インサイトのベースグレードとまったく同じ189万円の価格をつけるという念の入れようだ。これによりインサイトの販売は失速、さらに2代目インサイトと同じハイブリッドシステムを搭載した、より低価格の初代フィットハイブリッドが販売されるに至り、2代目インサイトも発売から5年後の2014年2月に生産を終了した。
このように、エポックメーキングなモデルであったにもかかわらず、残念ながら販売成績という面ではよい実績を残せなかったのが初代、2代目のインサイトだが、2代目の発売から9年10カ月後の2018年12月、ホンダは新開発のハイブリッド専用車に再びインサイトの名称を付けて市場に送り出した。それが今回取り上げる3代目インサイトだ。
なぜシビックハイブリッドにしなかったか?
最初に3代目インサイトを目にして思ったのは、なぜ「シビックハイブリッド」にしなかったんだろう? ということだった。3代目インサイトは、現行の10代目シビックや既に米国では10代目に切り替わっている最新の「アコード」、2018年から日本でも販売が始まった5代目「CR-V」などに採用されているホンダの最新プラットフォームをベースにしている。これまで別のプラットフォームを使っていたCセグメントのシビックと、Dセグメントのアコードのプラットフォームを統合したのが新プラットフォームの特徴で、このあたりは「インプレッサ」系の車種と「レガシィ」系の車種のプラットフォームを統合したスバルのSGP(スバル・グローバル・プラットフォーム)と考え方は似ている。
ホンダは新型インサイトを「シビックとアコードの間に位置する車種」だと説明しているし、実際の価格帯を比較するとシビックの約265万~約280万円に対してインサイトは約326万~363万円と60万円以上の開きがある。しかし、実際に車体寸法を比べてみると、シビックセダンの全長4650×全幅1800×全高1415mmに対して、インサイトは全高4675×全幅1820×全高1410mmと違いはわずかに過ぎず、ホイールベースも2700mmで共通だ。サイズだけではなく、車両を横から見たときのプロポーションも共通性が高いことがお分かりいただけると思う。
3代目インサイト(上)と現行型シビックセダン(下)のサイドビュー。プロポーションは非常に近いことが分かる(写真:ホンダ)
室内に入ってみても、インストルメントパネルのデザインは異なるものの、空調の吹き出し口、ナビゲーションシステム、メーターなどの基本的な位置関係は同じだから、内部の機構はかなり共通部分が多いと思われる。さらに言えば、ドアの基本形状が同じで、内張りも共通部品を多く使っている。
3代目インサイト(上)とシビックセダン(下)のインストルメントパネル。デザインは異なるが、空調やナビゲーションシステムなどの基本的な配置は共通であることが分かる。ただしインサイトはシフトレバーがなくボタンで操作するのが大きな違い(写真:ホンダ)
シビック人気を生かさない理由
念のため断っておきたいのだが、別にシビックセダンとインサイトで共通部分が多いのは何も悪いことではない。共通に使えるものがあればどんどん使えばいいし、それで品質の向上とコスト低減につながるのであればユーザーにとってはメリットになる。筆者がここまでシビックセダンとインサイトの共通点を書き連ねてきたのは、これほどまでに共通性の高いインサイトとシビックセダンを、なぜ別の車種にする必要があったのか、という筆者の疑問を、読者にも共有していただきたいと思ったからだ。
セダンが売れない今の日本市場を考えると、新型インサイトも米国が主力市場になる可能性が高い。現行型シビックは米国市場で競合するトヨタの「カローラ」を抑え、コンパクトカーの市場では1位、乗用車市場全体でもトヨタ「カムリ」に次ぐ2位を占める人気車種になっている。このブランドイメージを生かさない手はないと思ったのだ。
なので新型インサイトの発表会でも会場にいた説明員の何人かにその疑問をぶつけてみたのだが「シビックハイブリッドにするという考え方もあると思うが、今回は別車種にしようということになった」というのが正式見解らしく「なぜ別車種にしたのか」という答えをなかなか聞くことができなかった。
そういう中で比較的筆者に納得感のあった答えが、ある説明員の「ハイブリッド車にするとやはりどうしても価格帯が高くなってしまうので、客層の年齢層も高くなる。現行型のシビックはかなり若向きのデザインを採用しており、それで成功しているのだが、年配のユーザー向けにはより落ち着いたデザインを採用する必要があると考えた」というものだ。
確かに3代目インサイトのデザインは、現行型シビックに比べて落ち着いた印象を与えられている。全幅いっぱいに幅の広いメッキモールと上下の幅の薄いヘッドランプを配置したフロントデザインは上品ではあるが、眼光の鋭いヘッドランプを採用したシビックセダンのほうがデザイン自体はアグレッシブに感じる。リア周りも、トランクリッドのスポイラー部分にまで回り込んだ斬新な形状のテールランプを採用したシビックセダンに比べると、インサイトのデザインは一般的なものでおとなしく見える。車両全体のプレスラインも、シビックセダンのほうがより鋭角的で、インサイトのほうが柔らかい印象だ。
そうした印象は内装でも同じだ。先程も触れたようにインサイトとシビックセダンで基本的なレイアウトは共通なのだが、インサイトのほうが柔らかい曲面で構成されており、メーターパネルも3眼のオーソドックスなデザインを採用しているのに比べると、デジタルメーターを中央に配置したシビックセダンのほうが新しさを感じさせる。
まったく新しいハイブリッドシステム
このように、3代目インサイトは兄弟車種のシビックに比べると上品ではあるが控えめな印象で、ハイブリッド専用車としての先進性をことさらに強調するわけでもない。しかし実は搭載するハイブリッドシステムはまったく新しく、今後のホンダのハイブリッドシステムの屋台骨を担うとみられるものだ。
新型インサイトに搭載されているハイブリッドシステムは「SPORT HYBRID i-MMD」といって、システム自体はすでに以前から「アコードハイブリッド」や「オデッセイハイブリッド」、最近では「ステップワゴンハイブリッド」に搭載されている。ホンダにはほかに、フィットハイブリッドなど1クラスの車種に搭載する「SPORT HYBRID i-DCD」というシステムがあるのだが、両者の違いは、i-MMDが駆動力のほとんどをモーターから得ているのに対し、i-DCDのほうはエンジン主体のシステムであることだ。
i-MMDは発電用と駆動用に大出力モーターを2基搭載し、低中速領域ではエンジンをもっぱら発電に使い、駆動力はモーターから得る。エンジンを常に効率のいい領域で運転することで高い燃費性能を実現するのが狙いだ。ただしおおむね時速70km以上の高速クルージング時にはエンジンと駆動輪を直結したほうが総合的な効率が高くなるため、エンジンと車輪をクラッチでつなぐ。電池容量が多いときにはエンジンを停止し、モーターのみで走行することもできる。
i-MMDの三つの運転モード。エンジンが停止して電池のみで走行するEVドライブモード(左)、エンジンを発電のみに使うハイブリッドドライブモード(中央)、エンジンと車輪を直結するエンジンドライブモード(右)(資料:ホンダ)
これに対してi-DCDは7速DCT(デュアル・クラッチ・トランスミッション)の内部に比較的低出力のモーター/発電機を内蔵し、エンジンの効率の悪い領域ではモーターでエンジンの駆動力を補助することで燃費を向上させる。発電用と駆動用に大出力モーターを2基搭載するi-MMDに比べると、小型モーター1基の追加で済むためシステムが小型化でき、コスト面でも有利だ。ただしi-DCDはエンジン、変速機、モーターという三つの要素を最適に制御するのが難しく、ホンダがこのシステムで度重なるリコールを出したのはまだ記憶に新しい。また燃費向上効果もi-MMDに比べると限定的だ。
燃費向上効果は高いものの、積載スペースやコスト面で小型車向けに展開するのは難しいと見られてきたi-MMDだが、最近では日産自動車がi-MMDに近い構成の「e-POWER」を「ノート」のようなコンパクトクラスにも展開するなど事情が変わってきた(ただしe-POWERは直結モードを持たないため高速クルーズ時の燃費は不利)。このためホンダもフィットのようなコンパクトクラスにもi-MMDの搭載を拡大するのではないかと見られてきたのだが、インサイトに新開発のi-MMDが搭載されたことでにわかに現実味を帯びてきた。
というのも、従来のi-MMDが排気量2.0Lのエンジンに出力が107kWのモーター、容量が約1.3kWhのリチウムイオン電池を組み合わせていたのに対して、インサイトに搭載されている新開発のシステムは、排気量1.5Lのエンジンに出力が80kWのモーター、容量が約1.1kWhのリチウムイオン電池を組み合わせる、より小型の車種向けの仕様になっているからだ。現在、フィットハイブリッドや「フリードハイブリッド」「ヴェゼルハイブリッド」などに搭載しているi-DCDはすべて1.5Lエンジンとモーターを組み合わせていることを考えると、今後、インサイトに搭載されたi-MMDがi-DCDに代わってホンダのコンパクトクラスに広がっていく可能性が高い。
小型化されているだけでなく、従来のi-MMDに比べて大きく進化しているのは、モーターに重希土類元素(ジスプロシウム、テルビウム)をまったく使わないネオジム磁石を使っていることだ。これらの重希土類元素は主に中国で生産されるため、尖閣諸島の問題で日中の関係が悪化した際、中国が輸出制限を実施したため急激に高騰した。このためホンダはこれらの元素を使わないモーターの開発に取り組んできたのだが、問題は磁石の耐熱性が低下してしまうことだった。そこでホンダは、モーターの冷却方法を工夫することでこの問題を克服した。
上質な走り
いつにもまして前置きが長くなってしまったが今回も走り出してみよう。すぐに感じるのは走りの質感の高さだ。最近では日本のCセグメント車でも、マツダ「アクセラ」、スバル「インプレッサ」、トヨタ「カローラスポーツ」など欧州の競合車種にひけを取らない走りを実現している車種が増えているが、そうした中にあっても新型インサイトは欧州のプレミアム車に比べても遜色のない水準の乗り味だと感じた。
その質感の高い走りを支えているのが高い車体剛性であり、当たりは柔らかいがコシの強さを感じさせる足回りだ。国産のCセグメント車は欧州車に比べると乗り味の重厚さではまだ一歩譲る場合が多いのだが、インサイトは車体がCセグメントの中でもかなり大きく、ハイブリッド車ということで車両重量が重い(といってもメルセデス・ベンツAクラスやBMW 1シリーズと同程度だからハイブリッド車としては軽く仕上がっている)ことも有利に働いていると思う。加えて内装の質感も高く、この面でも欧州のプレミアム車に比べてそん色ない。
そしてこれら欧州の競合車種に比べた強みは、大出力モーターを搭載していることを生かした圧倒的な発進加速だ。最近の欧州Cセグメント車ではダウンサイジングターボエンジンを搭載した車両が主流となっている。ターボラグもだいぶ改善しているとはいえゼロではない。エンジンよりもはるかに応答が早いモーターで加速するインサイトは、低速から大トルクが立ち上がり、回転も静かで滑らかなモーターの特性と相まって、加速の爽快さは競合他車を凌駕する。
もう一つの強みが高い燃費性能だ。今回100km近くを試乗したトータルの平均燃費は22km/Lだった。一般道は交通の流れによって異なるが20~25km/L、高速道路が26km/Lという値で、これだけの出力特性と1.4t近い車両重量を思えば上々だろう。競合するトヨタ・プリウスの実用燃費が23~24km/Lなのと比較しても遜色ない値で、価格帯で競合する欧州Cセグメントのプレミアム車種が12~13km/Lくらいであることを考えれば燃費面では圧倒的なアドバンテージがある。
ただし、この文章の始めのほうでも触れたように新型インサイトのデザインは上質さを感じさせるものではあるのだが、やや華に欠けており、分かりやすい高級さの演出ではまだ欧州のプレミアム車には一歩譲る。ハイブリッド車なのだから割高なのは仕方ないとはいえ、インサイトの価格帯は約326万~363万円と完全に欧州のCセグメント・プレミアム車種と重なる。結構な値段のいいクルマなのだが、見た目からそれを理解してくれる人が少なそうなところが新型インサイトのもったいないところだ。
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