前回の「未来車のメーターは巨大液晶かゴーグルか」に引き続き、「CES 2019」レポートをお届けする。このコラムの120回「なぜ部品メーカーが自動運転EVをつくるのか」で、自動運転時代には部品メーカーと完成車メーカーの関係が変わる可能性があることについて取り上げたが、今回のCES 2019ではそれを実感することができた。多くの部品メーカーが「移動サービス用車両」の実車を持ち込んでいたからだ。
車両はまだコンセプトだが…
筆者がまず注目したのが世界最大の部品メーカーである独ボッシュである。同社は以前から自動運転技術の開発で独ダイムラーと提携しており、その目指すところは「無人タクシー」の開発である。すなわち、スマートフォンなどで運転手のいない自動運転の車両を呼び出し、好きなところに移動できるサービスだ。今回のCESでボッシュは、同社としては初めて移動サービス向け自動運転EV(電気自動車)のコンセプトカーを公開した。
ドイツ・ボッシュが展示した移動サービス向け車両のコンセプトカー。4人の乗客が向かい合わせに座る
この車両は、4人の乗客が向かい合わせに座るレイアウトを採用しており、室内の側面に大型のディスプレイを搭載する。車両に前後の区別はなく、また居住スペースを拡大するために、フロントとリアのウインドーが通常とは逆向きに傾斜しているのが特徴だ。このコンセプトカーはまだ量産化を意識していない設計だったが、ボッシュはこうした移動サービスの提供において部品やシステムの供給にとどまらず、予約システム、シェアリング、コネクティビティプラットフォームなどを含むサービス全体を自社で手がける姿勢を鮮明にしている。
こうした目標に向かって、ボッシュはダイムラーと共同で米国カリフォルニア州サンノゼで2019年後半からダイムラーの「メルセデス・ベンツSクラス」をベースとした自動運転車両を使用して、特定のユーザーにオンデマンドの移動サービスを提供する実証実験を行う計画だ。実際に商業化するときのダイムラーとボッシュの役割分担についてはまだ明確になっていないが、両社が共同で移動サービス専門の会社を設立し、そこにダイムラーとボッシュがそれぞれ製造した車両を供給するというのが一番想定しやすい形態だろう。この場合、車両の供給という立場において、ダイムラーとボッシュはまったくの同格ということになり、従来の完成車メーカーと部品メーカーという関係からは明らかに逸脱した新たな関係を築くことになる。
2019年末にまず400台
このコラムの第120回で紹介したドイツZFも今回のCESに移動サービス向け自動運転EVを持ち込んだ。その記事でも既述しているが、ZFが持ち込んだ車両は自動運転EVを開発するベンチャー企業である独e.GO Mobileが開発したものだ。ZFとe.GO Mobileは2017年5月に合弁会社のe.GO Mooveを設立して、移動サービス向けの自動運転EVの開発・製造・販売に参入した。ZFは電気駆動システムやセンサー統合技術、さらに自動運転用人工知能制御ユニット「ZF ProAI」を統合車両システムとして提供する。
ドイツZFが展示した移動サービス向け車両「e.GO Mover」(左)とその室内(右)。2019年末から生産を開始する
展示した車両「e.GO Mover」は5~6人乗りの箱型EVで、人と荷物の両方の移動サービス向けを想定している。2019年末からまず400台を生産し、交通サービスを手がける仏Transdevに提供する。Transdevは日本では知られていないが、同社のサービスは20カ国で1日に1100万人が利用するという。最初の1年程度は自動運転ではなく、手動運転で試験運用する。1年後からはレベル4の、運転席に人間のドライバーがいない自動運転での運用を目指すという。その後徐々に生産を拡大し、年間数万台の生産を目指している。ZFは、今後5~7年でこのような車両に対する需要は年間100万台規模に達すると予想している。
シェフラーは「真横に動くクルマ」
ドイツの大手部品メーカーであるシェフラー・グループはCES 2019で「真横に動けるコンセプト車」を使ったデモ走行を披露した。デモ走行を披露した車両は、このコラムの第120回でも紹介した「Schaeffler Mover」だ。昨年秋に日本で公開したときにはまだモックアップで実走行はできなかったが、今回は実際に走る車両を展示したのが特徴だ。
この車両は、モーターを車輪に内蔵したインホイールモーターを採用しているのが特徴。しかもモーターだけでなく、サスペンションと車輪も一体化したモジュールを開発、このモジュールを各輪に合計4基搭載することで、通常の車両ではできない動きを可能にした。例えば、各輪に駆動力を伝えるドライブシャフトが不要なことから、車輪を90度操舵できる。
独シェフラー・グループが走行デモを実施した試作車「Schaeffler Mover」。車輪を90度曲げて、車両を真横に動かすことが可能
車輪を真横に向けることができるので、上の写真のように車両を真横に動かすことが可能だ。縦列駐車のとき、前後にスペースの余裕がなくても車両を真横に動かして狭いスペースに駐車できる。あるいは前輪を右向き、後輪を左向きにすることでその場で回転するような従来の車両では不可能な動きが可能になる。
そもそも車両に前後方向の区別がなく、シートも向かい合わせに配置されているので、前進と後退の区別もない。このため狭い路地に入ったときにもバックで出てそのまま走り続けることができる。シェフラーはどういう目的でこのコンセプト車両を作ったのか。会場の担当者によると、自社で車両を製造し、移動サービスに参入するという考えはないようだ。「我々のコア・コンピタンスはパワートレーンやシャシーシステムであり、ソフトウエアやサービスではない」(担当者)。今回のCESにコンセプト車両を持ち込んだのは、同社の技術力や要素技術をアピールし、興味を持ってくれるようなビジネスパートナーを探すのを目的だとしている。
女子キャラクターと一緒に旅行
今回のCESではドイツ勢だけでなく、パナソニックがこのコラムの第120回で紹介したサービス向け自動運転EV「スペイシー」を展示したほか、デンソーやトヨタ紡織、アイシン精機なども移動サービス向け車両を意識した展示をしていた。このうちユニークだったのがVR(仮想現実)ゴーグルを活用したトヨタ紡織の展示だ。
デンソーの展示(上)やアイシン精機の展示(下)。どちらも移動サービス向け車両を意識した展示だった
前回のこのコラムでも、日産自動車のAR(拡張現実)ゴーグルを活用した展示を紹介したが、日産の場合は実在の人間の「アバター」と一緒にクルマで移動をするというコンセプトだったのに対し、トヨタ紡織のコンセプト車両「MOOX」では、仮想の若い女の子のキャラクターと一緒に旅行をするというデモを体験した。
トヨタ紡織が展示したコンセプト車「MOOX」。室内には二つのシートや大画面ディスプレイが備えられている。今回のデモでVRゴーグルを装着して仮想の女子との“旅行”を楽しんだ
これは、隣に座ったキャラクターの説明を聞きながら、窓の外の風景を楽しむという状況だったのだが、このコンテンツの開発には自動運転システム開発ベンチャーのティアフォーや、その子会社でマップデータやコンテンツ開発を手がけるシネスタシアが協力した。MOOXは人間の運転手を必要としない「レベル5」の自動運転を想定している。人間が運転から解放された場合に室内で何をして楽しむのか。完成車メーカーだけでなく、部品メーカーも摸索し始めていることが今回の取材で実感できた。
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