「2007年に愛知医科大学に来て、高知でやってきたようなものをもう少しスケールアップしたような外来を少しずつ作っていきました。そんな中、09年に慢性の痛みの検討会っていうのが厚労省で行われることになって、それに呼ばれて、10年からは本格的に慢性疼痛対策事業が始まりました。それから数年後に文部科学省も『わが国の医療現場において、特に人材が不足している領域』として慢性の痛みを挙げて、人材育成プランっていうのを作りましたし、まあ、徐々に動いてきているわけです」
それでは、慢性疼痛治療について今後の課題とはなんだろうか。
「色々ありますけど、ひとつは、今の医療の現場って、縦割りなんですよ。でも、痛みというのは、もっと横断的なものなので。僕たちの『痛みセンター』が『センター』なのは、いろんなところの専門家が一緒にやりやすいからです。そこに『学際的』という言葉までつけてますし。そんな中で、今後、独立して『痛み』を専門的に教える講座、診ていく診療科になっていくべきなのかどうか、というのは検討しなければならないところですね」
痛みについて扱うセンターは、どうしても診療科をまたぐ横断的なものにならざるをえない。そもそも、痛みというのは、人が病院に行く理由の中でも、もっとも多い理由の一つでもあって、それらが同じ仕組みや、同じ背景を持っている場合が多いのに、各診療科に分断されて扱われてきた。痛みにかかわる医師は、とことん専門的でありつつ、横断的であることを求められる。では、今後、専門性を高めて「診療科」になるべきか、それとも、「センター」でありつづけるべきか。今、日本各地二十数カ所ある、「痛みセンター」的な診療機関が共通して持つジレンマだそうだ。
さらに、現状では、痛みの専門家に見える医師たちにも、疼痛治療の基本的な考え方が共有されていない場合があるのも問題だという。
「2018年に、慢性疼痛治療のガイドラインをかなり急ぎで作ったのも、今できることを一番安全な形でやる、変なことをやらせない、という意図でした。例えば、モルヒネ漬けの人をつくらないとか。かえって中途半端に分かっている医師が、ものすごい量のモルヒネを投与したりします。終末期のがんでもないのにどんどんモルヒネなどのオピオイド系鎮痛剤を使って、そこから脱却できないような人をつくってしまったりとかいうのもあります」
日本では、ターミナルケアでもモルヒネをあまり使わないからもっと使うべきだという議論をこの十年、二十年の間、よく見かけたと記憶するけれど、牛田さんが言っているのはさらに一周先の話だ。今、「先進国」であるアメリカでは、交通事故死よりも多くの人がオピオイド系鎮痛剤(モルヒネを含むケシ由来の化学物質)の過剰摂取などで亡くなっており、「オピオイド危機」という言葉まであるほどだ。
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