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3カ月以上の慢性痛をもつ人は、日本に2000万人以上いるという。多くは腰痛や四十肩などだが、なかには日常生活に困るまでこじらせてしまう人もいる。実はとても不思議な「痛み」とその治療について教わりに、『慢性疼痛治療ガイドライン』の研究代表者も務めた名医、牛田享宏先生の研究室に行ってみた!その6回目。

(文=川端裕人、写真=内海裕之)

 愛知医科大学・学際的痛みセンターの牛田享宏教授は、1990年代に整形外科医としてキャリアをスタートさせ、今では日本の「疼痛医学」を牽引する立場の一人だ。

 整形外科というと、骨や関節にかかわることが多く、つまり、慢性疼痛ともかかわりの多い分野であるとはいえ、牛田さんはなぜ、その専門分野へと進むことになったのだろう。そのあたりを聞いてみた。

「僕は、香川県琴平町って、こんぴらさんで知られる田舎の町の出身でして、爺さんが町の医者だったんです。それで、親父はコンピュータエンジニアというか、工学部の教授でした。大学進学するときには、工学部か医学部ということで、結局は医者になろうと高知医大に行きました。学生実習でいろんな科を回ったときに、爺さんが『これからは年寄りが増えるんだから、整形外科がいいんじゃないか』って言うので整形外科に入って、もともと工学部も考えていたくらいで、電気が好きで、すぐに教授に言って、電気生理学のグループに入れてもらったんです」

日本の「疼痛医学」を牽引する牛田享宏さん。
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 当時の高知医科大学(現在は高知大学医学部)の整形外科では、脊髄の手術中に電極を入れて、神経を伝達する信号の波形から悪い部分を探る手法を活用していた。牛田さんが博士過程で携わったのは、まさにその神経伝達にかかわる研究だった。

「圧迫性脊髄症といって、椎骨が変形したりして脊髄神経が圧迫されて、手足が痛んだりしびれたりする病気があります。その圧迫を解除する手術のときに、脊髄に電極を入れてビーッと刺激すると、ちょうど圧迫を受けている悪いところで波形変化が起きるので、それを見ながら確認して手術をしていました。じゃあ、『なんで圧迫があると波形変化が起きるのか、おまえメカニズムを考えろ』って、指導教官だった谷俊一先生に言われまして、僕はコンピュータのプログラムを書けたんで、シミュレーションで確かめたというのが、僕の大学院での仕事でした」

 このときの研究が実は、牛田さんがのちのち「慢性疼痛」にかかわるようになった第一歩でもあった。というのは、この波形変化による確認は大いに役立ったものの、その手術ですべて問題解決とはいかなかったからだ。