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3カ月以上の慢性痛をもつ人は、日本に2000万人以上いるという。多くは腰痛や四十肩などだが、なかには日常生活に困るまでこじらせてしまう人もいる。実はとても不思議な「痛み」とその治療について教わりに、『慢性疼痛治療ガイドライン』の研究代表者も務めた名医、牛田享宏先生の研究室に行ってみた!その4回目。

(文=川端裕人、写真=内海裕之)

 前回の最後に出てきた「痛み行動」について考えておきたい。

 今の疼痛医学の中で、とても重要な概念だというふうに牛田さんは述べていた。

 痛みというのは主観だ。

 だから、痛みの知覚そのものを他者と共有することはできない。

 周囲の人や医師が見ることができるのは、痛みを訴えたり、痛そうな仕草をしたり、そもそも、痛みで医師を訪ねること自体を含めて、人が起こす行動、つまり「痛み行動」だ。

 急性期の痛みなら、それが引き起こす「痛み行動」は、その痛み知覚に直接、基づくことがほとんどだ。怪我をして「いたたたっ」と声を出したり、痛みを避ける行動をしたり。一方、慢性疼痛になると、痛みの知覚だけではなく、むしろ、周囲の反応によっても規定される部分が大きくなっていくという。

愛知医科大学で治療と研究を行う医師の牛田享宏さん。
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「前にも言いましたように、疾病利得、『痛み行動』に報酬が出ると、『痛み行動』が強化されていくことがあるわけなんです。優しくしてもらえたり、お金が出たりして、ということです。そうやって、ますます動かなくなったり、薬に依存したり、場合によっては医師に依存して、痛みにとらわれこじらせていきます」

 痛み行動を強化して、痛みにばかり意識を向けてしまうと、本当に痛みが大きなものになっていく。これも「気のせい」「気持ちの問題」というのを越えて、認知の問題だったり、脳神経レベルの根拠が見つかりつつあることだそうだ。

 もっとも、こういった痛みに通じる回路を自ら強化してしまうのは、なにも「疾病利得」だけではない。牛田さんは、別の要素として「恨みや怒り」を挙げた。

「怪我でも病気でも、自分が原因やと思えるものの方が、痛みについては楽ですよ。同じことになるんやったら、自分でやったほうがましです。その方が、あきらめがつきますから」

 自分でやったほうがまし、という時、牛田さんの口調には大いに実感がこもっていた。恨みや怒りというのは、それほど大きく、痛みに関係してくるものなのだという。