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 これは「物質の進化」の話だし、坂井さんが関心をいだいた「太陽系の起源」の少し前の話でもある。胸の琴線に触れる研究室で、坂井さんは修士課程の学生としてはじめての研究に着手することになった。

 ところが、さっそく障害が立ちはだかる。

 「その富士山望遠鏡が、大学院に入ってすぐに閉鎖することになったんです。昔、富士山頂には気象庁の測候所があって、そこから電気をもらっていたんですが、人工衛星からの観測に取って代わられてまずは測候所が閉鎖しました。望遠鏡の方はしばらく送電線を引いて頑張っていたんですけど、雷とかに対応できなくて、結局、使えなくなってしまいました。でも、私はどうしても物質の進化が知りたいので、海外の研究室に行こうかとまで考え始めました。そんな悩みを相談するうちに、2003年、フランスの研究チームが、はじめて原始星でギ酸メチルを検出した論文を山本先生が教えてくださったんです。そして、野辺山の45メートル電波望遠鏡で、これの2天体めを探してみるかというふうに代替テーマをいただきました。もちろんとびついて、観測候補天体を探すために様々な論文を読みまくりました。それが今の流れにつながっているわけです」

 この連載の冒頭の部分でも紹介した、「ギ酸メチルが見つからなかったけれど、炭素鎖分子を見つけた」という坂井さんの研究の原点までたどりついた。修士課程の学生が、最先端の研究者たちがしのぎを削って観測時間を確保しようとする野辺山の45メートル電波望遠鏡を実に100時間も使う提案書を出して、採択されたのはすごいことで、これがあったからこそ、後々、坂井さんが様々な電波望遠鏡で行う観測へとつながっていった。坂井さんの研究は、「予想が外れる」→「新しい発見にいたる」というのが、ひとつの黄金パターンとして定番化しているフシがある。

 本来3年はかかる博士論文を2年半で仕上げて博士号を取得し、そのまま東大の助教となり、2015年からは、理化学研究所の主任研究員として研究室を主宰する立場だ。理研では、天文学の枠におさまらず、分子分光学的な実験をてがけて、よりよい観測のための基礎を固めている。知りたいのに知り得ないことがあれば、知るための道具も含めて、自分で作っているわけだ。

前回紹介した通り、坂井さんは天文学の枠に収まらない分子分光学的な実験も手がけている。
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 「他の人がやってくれれば、任せておけばいいなっていう感覚はあるんですけど、誰もやってくれないけど、どうしても知りたいところもまたいくらでもあるので。そういうところは、やっぱり自分でやらなきゃいけないし、あるいは自分でやっておもしろさを見せて、人を惹きつけて、その分野の人を増やして一緒にやらなきゃいけないと思っています」

 いずれ、坂井さんの研究を見て、分子分光学の専門家たちが、「天文学とのコラボはおもしろそうだ!」とどんどん参入してくる日が来るかもしれない。そうすれば、「自分でやる」以上のことがきっと分かるので、おおいに期待したい。