地上の生命の系統樹を知るように、宇宙の星々の系統樹を理解したい。今、私たちの目の前にあるこの世界の由来にもつながる壮大な問いを胸に抱き、星や惑星の形成に関して大きな成果を次々と挙げている気鋭の研究者、坂井南美さんの研究室に行ってみた!
(文=川端裕人、写真=内海裕之)
天文学者である坂井さんは、意外なことに、化学の基礎分野である分子分光学の実験室を持っており、日々、運用している。
天文学的な研究のために、化学物質が出すスペクトル線のデータベースをみずから作るのが目的だ。大きな目標のためにいったん膝を折って力をためるような地味な営みだとぼくには思える。
坂井さんに案内してもらって、その実験の現場を見せてもらった。
実際に行われていることは、やはりひたすら地味であることには違いないのだが、坂井さんの解説を聞いていると、ちょっとすごいことに気づいてしまった。
坂井さんは、実験室にALMAを持っている。
世界最大で最強の電波望遠鏡(干渉計)ALMAのミニ版がここにあって、実験室に再現された人工のミニ宇宙を日々観測している。つまり、これは実験室的な電波天文観測だ。
ぼくはそのことに気づいた時、大いに感じるものがあったので、今回はそこから話を始めよう。単に感激するだけではなく、電波による天体観測について理解を深めることもできたので、共有するに値すると思う。
坂井さんに導かれて入ったのは、居室を出てから廊下を歩き1分もかからない実験室だ。少し外からでも、真空引きのポンプがリズミカルな音を立てて響いており、何か特別なことが行われている雰囲気を漂わせていた。
部屋に入って、まず目につくのは、直径10センチメートル、長さ2メートルの透明なシリンダーだ。ガスセルと呼ばれており、これが、ぼくが言う「人工のミニ宇宙」である。
この中はほぼ真空に保たれ、ほんの少しだけ測定対象のガスが封入されている。ぼくが訪ねた時には、宇宙のあちこちにあって様々なスペクトル線を出すメタノール(メチルアルコール)の測定を行っていた。それもただのメタノールではなく、中の炭素が、通常よりも少し重い炭素13という同位体に変わっている特別なものだ。実際の宇宙にもごく微量そのような同位体分子があって、通常の分子とは少し違うスペクトル線を出す。ALMAの感度、解像度では、それらまで拾ってくるので、きちんと調べておかなければならない。
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