さて、ALMAの本格運用は2014年以降で、分解能はさらに5倍になった。そこで、坂井さんは円盤形成にかかわる成果を矢継ぎ早に報告している。その中でも、特筆すべきトピックは、今年(2019年)1月に、「Nature」誌で発表されたものだ。

 「中心の原始星と、周囲の円盤の回転の傾きが違うことが分かったんです。これがなぜ注目されたかというと、今、系外惑星、太陽系の外の惑星の研究がさかんになって、多種多様な惑星系が発見されてきたからです。その中で、惑星が2つ3つそろって傾いているものなども見つかっているんです。従来の説明では、惑星ができてから他の何かの影響で傾く、つまり後天的にそうなったとされてきたんですが、惑星系ができている最中にすでに傾いていれば、最初からそうだったかもしれないじゃないですか。その点が、新しいと評価してもらえたんです」

 ちなみに、坂井さんにこの話を聞いた翌月、2019年のノーベル物理学賞が発表され、系外惑星の観測の道を拓いた2人の天文学者、ミシェル・マイヨール博士、ディディエ・ケロー博士が受賞した。この分野が、実り豊かなもので、非常に注目されているということを示している。

 ただ、坂井さんの研究について、ふと気になった。こういった惑星形成についての発見は素晴らしいけれど、坂井さんのもともとの関心からいうと、あくまで副産物のようなものであって、本来知りたい化学的な組成の進化とはまた別の話ではないだろうか。

化学組成に関心をもったからこそ、物理学的なメカニズムを解明できたというのが面白い。ただ、もともとの関心とは別の話では?
化学組成に関心をもったからこそ、物理学的なメカニズムを解明できたというのが面白い。ただ、もともとの関心とは別の話では?
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 「副産物といえば副産物かもしれません。望遠鏡の使用を申請する提案書には書いていない予想外のことですから。でも、関係ないかというと決してそんなことはないんです。だって、傾きが違ったら、真ん中の星からの光の当たり方が変わるじゃないですか。光の当たり方が変わると温度が変わる。そうすると化学組成も変わるんですよ。それもまた化学進化の一つのファクターですよ」

 まさにそのとおりだ。

 一見、寄り道に見えつつも(それにしても成果の大きな寄り道だが)、実は本道につながっている。

つづく

(このコラムは、ナショナル ジオグラフィック日本版サイトに掲載した記事を再掲載したものです)

坂井南美(さかい なみ)

1980年、高知県生まれ。理化学研究所 開拓研究本部 坂井星・惑星形成研究室 主任研究員。博士(理学)。2004年、早稲田大学理工学部物理学科を卒業。2008年、東京大学大学院理学系研究科博士課程を修了し、助教に就任。2015年、理化学研究所准主任研究員、2017年より現職。2009年に優れた博士論文を提出した研究者に贈られる井上研究奨励賞を、2013年に日本天文学会 研究奨励賞を受賞。2019年には文部科学省の科学技術・学術政策研究所による「ナイスステップな研究者」に選ばれた。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、『青い海の宇宙港 春夏篇』『青い海の宇宙港 秋冬篇』(ハヤカワ文庫JA)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)とその“サイドB”としてブラインドサッカーの世界を描いた『太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)など。
本連載からのスピンアウトである、ホモ・サピエンス以前のアジアの人類史に関する最新の知見をまとめた近著『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス)で、第34回講談社科学出版賞と科学ジャーナリスト賞2018を受賞。ほかに「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)もある。近著は、世界の動物園のお手本と評されるニューヨーク、ブロンクス動物園の展示部門をけん引する日本人デザイナー、本田公夫との共著『動物園から未来を変える』(亜紀書房)。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。

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