地上の生命の系統樹を知るように、宇宙の星々の系統樹を理解したい。今、私たちの目の前にあるこの世界の由来にもつながる壮大な問いを胸に抱き、星や惑星の形成に関して大きな成果を次々と挙げている気鋭の研究者、坂井南美さんの研究室に行ってみた!

(文=川端裕人、写真=内海裕之)

 理化学研究所「坂井星・惑星形成研究室」の坂井南美主任研究員は、今、ぼくたちの周りにある様々な分子がどのように「進化」してきたのか、その起源を追いかける天文学者だ。この分野では、特に、生命につながる有機分子の起源はひとつの大きな関心事で、それらがどこから来たのか熱い議論が交わされてきた。

 坂井さんは、研究キャリアの最初の時点で、まさにその議論に一石を投じた。坂井さんが、「原始星」、いわば、赤ちゃん星の周りに見出した「不飽和な炭素鎖分子」は、本来、そこにあるはずがないとされていた種類の有機分子だったからだ。

理化学研究所主任研究員の坂井南美さん。この分野をリードする世界的な研究者の1人だ。
理化学研究所主任研究員の坂井南美さん。この分野をリードする世界的な研究者の1人だ。
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 「星間分子雲には存在する有機分子のひとつではあるんですが、その後、原始星ができる時点ではなくなっているはずだとされていました。不飽和なものって反応性が非常に高いので、星が生まれる前の密度の低い分子雲の中ならともかく、原始星が出来る場所のように密度が上がってくると、すぐ他の分子とぶつかって反応しちゃいます。壊れて当然なので、ないと思われていたわけです」

 しかし、坂井さんらの観測で、それらが実際にあると分かった。また、原始星の周りでそれらが反応し、なくなってしまったとしても、新たにそこで生成する仕組みがありうることも提唱できた。

 その観測事実や再生成の仮説に対して、当初、他の研究者たちは決して好意的ではなかったそうだ。

 「たとえば、地球からは同じ方向に見えるけれど手前にある別のものを見ているだけだろうとかいろいろ言われました。そこで、ほかの電波望遠鏡でも観測して、見えているものの温度がちょうど炭素鎖分子ができやすい温度と一致するだとか、ドップラー効果を確認して原始星の周りを回転しながら原始星方向へ落ちているようだと示したり、ひとつひとつ証拠を重ねていきました」

 こういった論証に加えて、他の原始星周りでも炭素鎖分子を見つけたという報告もあったことから、批判的だった研究者たちも次第に理解を示すようになる。坂井さんも、一連の研究をまとめて博士論文とし、学位を取得した。

 ただ、批判のうち、これまでの観測ではどうしても回答できないものがあり、坂井さん自身、その点について大いに気になっていた。

 「原始星の周りには、ガスやチリからできている円盤というのがあって、さらにその外側にエンベロープと呼ばれる降着ガス雲があります。私たちの観測はそのエンベロープも含めた全体の化学組成を観測しただけで、原始星の近くだけを見たら違うのではないかというものです。その可能性は否定できなくて。というのも、分解能の問題があったからです。それまでの観測では、カメラの画像の1ピクセルに、太陽系の大きさの10倍から数10倍ぐらいの大きさの範囲を写しているみたいなもので、原始星の円盤とその周囲のエンベロープの区別がつきません」

赤ちゃん星である原始星から惑星系ができるまでの過程。当初の観測では、本当に原始星の周りを見ているのか、それともエンベロープも含めた全体を見ているのかをまだ区別できなかった。(画像提供:坂井南美)
赤ちゃん星である原始星から惑星系ができるまでの過程。当初の観測では、本当に原始星の周りを見ているのか、それともエンベロープも含めた全体を見ているのかをまだ区別できなかった。(画像提供:坂井南美)
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