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 昔は愚鈍とされていた恐竜。だが今は、鳥や哺乳類のような温血動物で、羽毛が生えていたものもいたことがわかっている。そこで、日本を含めた恐竜研究の変遷や、最新のトピックスを教わりに、日本の恐竜研究のパイオニアで国立科学博物館の特別展「恐竜博2019」の監修を務める真鍋真さんの博物館に行ってみた!

(文=川端裕人、写真=内海裕之)

 真鍋真さんが、国立科学博物館の研究官(当時)に就任した1994年は、まさに恐竜ブームの真っ只中という時期だった。1990年に『ジュラシック・パーク』の小説が出て、1993年には映画が全世界でヒットした。軌を一にして日本でも熱狂的な恐竜ブームが巻き起こった。ぼくは『ジュラシック・パーク』を映画館で観た時、「恐竜が"怪獣"から"野生動物"になった」と感じた。

 そんな折、恐竜ルネッサンスの立役者、ジョン・オストロム博士の薫陶を受けた真鍋さんが、科博に赴任したのである。

真鍋真さんが海外留学から帰国した1994年は恐竜ブームのさなかだった。

 「90年代というと、『ジュラシック・パーク』の小説と映画も出たりして、日本の皆さんの恐竜像っていうのがガラッと変わった時期でした。91年にはユカタン半島のクレーターが見つかって隕石衝突説の信憑性が高まり、96年に中国で羽毛恐竜が見つかったり話題も多かったですね。恐竜は絶滅しなくてその一部は鳥になったということ自体、以前から言われていましたけど、恐竜の段階でもう羽毛があって翼があるみたいなことは想定しなかったんじゃないでしょうか。こんな大きな発見が続いていた時期に、恐竜というものが日本でもより身近に感じられ、具体的に感じられるようになったと思います」

 真鍋さんは、研究者として帰国した前後の状況をそんなふうに総括した。

「身近」「具体的」に感じられるようになったのは、大ヒットを飛ばした映画や、次々と報道される恐竜にまつわる科学ニュースによるところが大きい。そして、ニュースを伝える媒体としても、恐竜を専門にした「週刊恐竜サウルス」(1993-95)や、超硬派な専門誌「ディノプレス──最新の恐竜情報誌」(2000-02)も存在感を持っていた。

 それらに加えて、もうひとつ忘れてはいけないことは、日本国内での発見だ。

 「日本の恐竜は断片的なものしか出ないと思っている人が多かったんですが、このあたりからそうでもなくなってきました。例えば肉食恐竜のフクイラプトル。1988年に福井県勝山市で、体のいろんな部分がみつかって、2000年にはフクイラプトル・キタダニエンシスって学名がついたわけです。すると、お子さんがそれを図鑑で見たときに、その存在感が全然違うと思うんですよ。歯が1本の化石じゃなくて、骨格がある程度復元されて、その上で、『フクイラプトルだ』と思って見るわけですから」