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「大学は横浜国立大学の教育学部で、将来の計画としては、漫然と、自分が通ったような緩い都立高校で先生やったりすると楽しいかなと考えたりしていました。僕は旅行が好きだったので、例えば地理とか地学の先生になったら、研究という名のもとにいろんなところに行けるのがいいなって下心があって。それで、地学科だったんですよ。3年生くらいまでは、本当に先生になろうと思っていたんですけど、4年のときに、英語が好きだったというのもあってカナダに1年留学したんです。すると、留学先では、何でこういう生物が存在して、どのように進化したのかっていうオーソドックスな古生物学をやっている大学院生たちがたくさんいて。単純にそれはおもしろいなあと思って、教員採用試験を受ける前にもうちょっと勉強してもいいかなと大学院に行って、今日に至るという感じですかね」

 なお、横浜国立大学教育学部は、意外に思われるかもしれないが、真鍋さんが大学生だった1980年代に日本で古脊椎動物の研究を志そうと思ったら、第一選択肢に挙がる進学先だった。国立科学博物館から転じた長谷川善和教授(恐竜についての著書、訳書多数。現在は群馬県立自然史博物館名誉館長)が教育学部地学科におり、全国から恐竜少年少女が集まってきた。

 一方、真鍋さんはそれを意識することもなく、層序学の専門である小池敏夫研究室で、秩父山地の三畳紀やジュラ紀の地層の研究をしていたそうだ。このあたりは、プレートテクトニクスでプレートが潜り込んでくる時に、その縁に溜まっていく「付加体」、つまり、ぐちゃぐちゃになった地層で知られる。そのぐちゃぐちゃの地層がどんな順序で重なっているのか、地層に含まれている微生物を参考にしながら決定するというのが当時の真鍋さんに与えられたテーマだった。

 そんなおり、カナダ留学をきっかけに真鍋さんの中のスイッチがオンになった。古生物にフォーカスした関心が目覚めた。

「大学院に入る前に、長谷川善和先生に『日本でどんどん恐竜が出てきているのでやってみないか』と言われて、じゃあやってみようかと思いました。それで、まずは、爬虫類に詳しくなろうということで、沖縄の宮古島で見つかる2万年ぐらい前の化石でハブの研究をしてから、イエール大学に行ったんです」