全5364文字

 松田さんが大学院に入り研究者としてのキャリアをスタートしたのは、1999年のことだ。今でこそ、ゲノム研究と医療は密接にかかわっていると誰もが疑わないが、当時はまだ様相が違った。

 「最初はいわゆる分子生物学の基礎研究をしていて、ゲノムについての認識もあんまりありませんでした。特定の分子について詳しく解析するというのが、世間一般の研究のトレンドで、ゲノムを網羅的に見るという発想は、世の中の研究者の間にはなかったと思います。それが2000年にヒトゲノム・プロジェクトでとりあえずゲノムを全部読んだというドラフトが出てきて、ヒトの中にこれだけの数の遺伝子があるんだと分かりました。まずはヒトのゲノムの1セットが分かって、ゲノム全部を対象とした解析ができるツールができてきて、それがRNAレベルであったり、DNAレベルであったり、タンパク質レベルであったりとか、色々なやり方でできるようになってと進んで、僕自身も、アメリカに留学して戻ってきた2004年ぐらいから、ゲノムについての網羅的な研究に携わるようになったんです」

 ちなみに、松田さんが留学したテキサス州ヒューストンのベイラー医科大学は、アメリカのトップ医学部・医科大学の一つで、ゲノム医療の最先端の研究から臨床研究まで一貫しててがけている。松田さんは大学院時代はがんを抑制することが知られているp53という遺伝子の、留学時代は骨・軟骨の発生にかかわる分子の研究に従事した。発がんの制御の問題には今回は触れることができなかったが、松田さんは今も引き続きp53を研究対象にしている。 「なぜ、細胞ががん化したりしなかったりするのか」ということが解明できれば、がんの予防にも治療にも役立つ知見が得られると期待される分野だ。

 そこから先、バイオバンク・ジャパンの試料を用いて、食道がんの全ゲノム関連解析を行った話は前に紹介した。それは、とりもなおさず、その後、世界各地で追従される一大分野の幕開けを告げるものでもあった。

 「まあ、お話しする中では、きれいに結果がでたものを話しているわけで、食道がんのものはその最たる例です。実際には、関連する遺伝子が全然見つからなかったこともたくさんあります。うまくいったりいかなかったり、いろいろ積み重ねながら、今やっているっていうところですね」

 研究者としての松田さんは、やはり発がんのメカニズムであるとか、あるいは、発がんの抑制のメカニズムであるとか、病気や治療法の背景にある根本の原理的な部分について常に目配りをしているのが、ぼくには印象的だった。個々人に合った予防、検査、医療は、いつでも手持ちの知識で少しずつ進んでいくものだけれど、さらに上のレベルに達するには、やはり原理的な解明が必要なことが多そうだ。