こういったがんゲノム研究から得た知識がすでに臨床の現場で使われているものとしては、分子標的薬と呼ばれるタイプの薬のひとつ、イレッサが挙げられる。これは、EGFRという遺伝子に変異を持っているがん細胞にだけ有効だと分かっており、今では、EGFR遺伝子上の変異を確認してから実際に使うかどうかを決めることができるようになった。
では、最近、ノーベル医学生理学賞を受賞した京都大学の本庶佑特別教授が開発にかかわった免疫チェックポイント阻害剤オプジーボはどうだろう。

「オプジーボは、手術できなかったり再発して転移していたがんに使われていますが、そういった中でも、2割3割の人しか効かないという状況だと聞きます。ただ効く人にはすごい劇的な効果があると。さらに、薬価が非常に高い、重たい副作用が出る人がいる、というようなことであれば、やっぱりあらかじめ効く人をもっと絞り込むために、それに関するマーカーを見つけるのが大切です。実は、ある程度、マーカーになりうるものは分かってきていて、がんゲノムの遺伝子異常が多い、変異の数が多いがんの方が効果が出やすいという研究が出てきていますので、そういう方がおそらく対象になっていくと思います」
オプジーボのような 「免疫チェックポイント阻害剤」と呼ばれるものは、ぼくたちが持っている免疫のリミッターを外してがんを攻撃させるものなので、もともと自分の細胞に由来するがん細胞ができるだけ変異して区別しやすいものになっていないと効果が出にくいということなのだろう。
以上、精密医療、オーダーメイド医療についての最近の実情を教えてもらった。医療は日進月歩の時代であり、大いに期待が持てる。もっとも、 「最新の免疫療法」 「最高の精密医療」などという看板を掲げて、充分な根拠に基づかないアグレッシブな投薬などを自由診療で行うような医院にはかなり注意した方がよく、いわゆる標準治療として確立しているか、そうでなくても現在進行形の臨床試験に加わっているかなどを確認するのも大事かもしれない。
つづく
(このコラムは、ナショナル ジオグラフィック日本版サイトに掲載した記事を再掲載したものです)
本連載からのスピンアウトである、ホモ・サピエンス以前のアジアの人類史に関する最新の知見をまとめた近著『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス)で、第34回講談社科学出版賞と科学ジャーナリスト賞2018を受賞。ほかに「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)もある。
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