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 ぼくたちはヒトだから、だいたいの遺伝情報は同じだ(だから同じ種だ)。でも、ところどころ違うところがあって、それが個性の源でもある。そういった違いをもたらすものとして代表的なのが、一塩基多型、つまり、SNPだ。もうひとつ代表的なものに、遺伝子の数の違いが問題になる「コピー数多型」というものがあるが、一塩基の違いを見ればよいSNPの方が研究対象として扱いやすく、まず先に研究が進んだそうだ。そして、その端緒をひらいたのが松田さんのグループによる食道がんの研究だった。30億塩基をすべて調べるかわりに、「万」で語ることができる数のSNP。ずいぶん数は減ったが膨大であることには変わりない。こういう総当たり的なやり方というのは、やはり大量のデータを扱うことができる情報技術時代の申し子といえる。

 「これは、仮説を置かない研究なんです。我々は55万カ所とりあえず全部調べてみて、その中であり得ないぐらいの低い確率のものが見つかったら、おそらく偶然ではなくて必然だろうと考えます。この場合、食道がんの人と健康な人のSNPの塩基の頻度を比較して、差が大きかった上位の1万2000のSNPについて、さらに別の集団でも確かめて、結局、食道がんの発症と非常に強く関連する遺伝子領域を同定できました。ALDH2とADH1Bと呼ばれる2領域です。これらは、アルコールの分解に関わる酵素の遺伝子だとすでに分かっていました。そして、それぞれのSNPの型の間で比べると、高リスクのタイプと低リスクのタイプでは4倍くらい食道がんの頻度に差があることが分かったんです」

 ALDH2とADH1Bは、ともにアルコール感受性遺伝子と呼ばれるものだ。それぞれ、アルコール脱水素酵素と、アセトアルデヒド脱水素酵素という酵素の「設計図」に相当する。ぼくたちは体内に入ってきたアルコールをアセトアルデヒドにし、さらにそれを酢酸にすることで無毒化しており、その過程で働くのがこれらの酵素だ。「仮説を置かない研究」の結果、”飲酒と食道がん”という疫学研究ですでに示されているリスクと関連しそうな遺伝子が特定されてきたというのは非常に示唆に富む。

 その内容を具体的にいえば、アセトアルデヒド脱水素酵素の活性が高くもなく低くもない中間型の人のリスクが高く、アルコール脱水素酵素については活性が低い人のリスクが高いのだそうだ。ともに活性が高いほうがリスクが低いのではないかと素人考えで思ったのだが、そうではなかった。

 これについては、こんなふうに説明できるという。