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 ドアを開けて中に入ると、ひんやりとした空気に包まれた。DNAを安定して保存するために、4℃を維持しているという。つまり、保管庫はそのまま巨大な冷蔵庫だ。夏なら汗が引いて涼しいと一瞬思うだろうが、10分もいれば体が冷えてつらくなってくる。そんな中で、産業ロボットを思わせる機械がきびきびと動いている。移動式のラックの中からDNAチューブがたくさん載せられたトレイを引き出し、必要なチューブをひとつひとつピックアップし、自動分注器でごく少量を取り出した上でDNAプレートの小さな区画に注いでいく。

4℃に保たれた冷たい保管庫のなかで、完全に自動で試料がきびきびと分けられてゆく。

「27万人分というのは、2003年から始まった第1コホート(集団)の20万人分と、2013年からの第2コホートの6万7千人分、さらに連携機関から受け入れた試料をあわせたものです。第1コホートの参加者は血清も保管されていて、別の部屋で液体窒素のタンクで冷凍されています。それぞれ、特定の病気になった人に採血させてもらって得たものです。プロジェクト内容を説明して理解いただいた上で参加してもらっており、カルテなどの診療情報もきちんとデータベースになっています。試料を利用したい研究者は、自分の目的に合った条件で検索し、必要な試料を指定します」

 ちなみに、特定の病気のリストには、肺がん、食道がん、前立腺がん、乳がんなどの代表的ながんの他、脳梗塞、てんかん、気管支喘息、結核、心筋梗塞、心不全、といったよく名を知られた疾患が挙がっている。日本で比較的多く、重篤になりうるものが選ばれているように思われる。もっとも、丹念に見ていくと、花粉症、アトピー性皮膚炎のように、直接生命にかかわるものではなくても、多くの人が悩まされているものも含まれている。第1コホート(47疾患)と第2コホート(38疾患)では少し変更があるものの、だいたいこんなものと思っていただければよい。

 バイオバンク・ジャパンは、これらの疾患を持つ人に限って試料を集める、いわゆる「疾患バイオバンク」だ。第1、第2コホートの募集時には、協力病院にポスターをはったり、パンフレットを置いたりして参加者を募った。そして、参加希望の人がいると、専門の研究支援コーディネーターが赴いて説明した上で同意書にサインしてもらい、試料(血液)と臨床情報などを提供してもらったそうだ。参加した患者は、その後、いかなる時点でも同意を撤回できる仕組みだ。

「始まったのは今から15年前の話になりますので、ゲノム研究といっても全く何のことか分からないという方が多く、研究内容を理解した上で研究に同意いただくために非常に時間をかけてやっていきました。ビデオや冊子を用意して、研究の内容がどういうものか、提供いただいた試料がどういうふうに保管されるのか、どういうセキュリティが施されていて患者さんに迷惑がかかるようなことは一切ないですとか、30分から1時間ぐらいかけてマンツーマンで逐一説明して、同意いただいた場合にのみ研究にエントリーいただくということを27万人に対して行いました。そこまでやったがゆえに、提供してもらった臨床情報はかなり詳細で、1人あたりの項目は5000を超えます。さらに登録時だけでなく、その後、継続して受診した時の検査値などが加わっていきますし、これだけ時間がたつと亡くなる方もでてきますので、そういった情報も追加されていきます」

松田浩一教授の言う通り、セキュリティに万全を期していることは倉庫の様子からも分かった。