「コロナ禍で、多くの困窮子育て家庭の経済状況が深刻さを増した。だが食料、教育費など支援はまだまだ足りない」と語るのは、NPO法人キッズドアの渡辺由美子理事長だ。渡辺氏は日本で7人に1人の子どもが貧困という実態に目を向け、大学生やビジネスパーソンら、ボランティアが講師を務める形で、困窮家庭の中高生を対象にした学習会などを実施してきた。だがコロナ禍で、親が失業するなど困窮する家庭がさらに増え、政府からの支援も受けられず、食事の回数を減らしているといった実情を知り、食品の配布や奨学金の支給など活動の幅を広げている。「この国の将来を担う子どもたちの食料不足を放置して栄養状態を顧みず、教育においても不利な状況に置き去りにする政府は、あまりにも無策。ビジョンがない」と指摘する渡辺氏に、困窮子育て家庭が必要とする支援、状況を打開するためにできることは何かを聞いた。第2回。

(聞き手は日経ビジネス編集部シニアエディター、村上富美)

第1回はこちら

<span class="fontBold">渡辺 由美子(わたなべ・ゆみこ)氏</span><br>NPO法人キッズドア・理事⻑ 千葉大学工学部出身。大手百貨店、出版社を経て、フリーランスのマーケティングプランナーとして活躍。 2000年から2001年にかけて、家族でイギリスに移住し、「社会全体で子どもを育てる」ことを体験する。 準備期間を経て、2007年任意団体キッズドアを立ち上げる。2009年内閣府の認証を受け、特定非営利活動法人キッズドアを設立。「親の収入格差のせいで教育格差が生じてはならない!」との思いから、経済的に困難な子どもたちが無理なく進学できるよう、日本の全ての子どもが夢と希望を持てる社会を目指し、子どもの貧困問題解決に向けて活動を広げている。 「内閣府子供の貧困対策に関する有識者会議」メンバー、全国子どもの貧困・教育支援団体協議会 副代表理事を務める。(写真:鈴木愛子)
渡辺 由美子(わたなべ・ゆみこ)氏
NPO法人キッズドア・理事⻑ 千葉大学工学部出身。大手百貨店、出版社を経て、フリーランスのマーケティングプランナーとして活躍。 2000年から2001年にかけて、家族でイギリスに移住し、「社会全体で子どもを育てる」ことを体験する。 準備期間を経て、2007年任意団体キッズドアを立ち上げる。2009年内閣府の認証を受け、特定非営利活動法人キッズドアを設立。「親の収入格差のせいで教育格差が生じてはならない!」との思いから、経済的に困難な子どもたちが無理なく進学できるよう、日本の全ての子どもが夢と希望を持てる社会を目指し、子どもの貧困問題解決に向けて活動を広げている。 「内閣府子供の貧困対策に関する有識者会議」メンバー、全国子どもの貧困・教育支援団体協議会 副代表理事を務める。(写真:鈴木愛子)

生活保護はセーフティーネットとして機能していない

前回、子どもの貧困の問題は解消されないままで、コロナ禍によりさらに苦しい状況の家庭が増えているというお話を聞きました。貧困の問題というと、困ったら生活保護があるからそれに頼ればいい、と考える人も多いと思います。渡辺さんから見て、生活保護制度は機能しているのでしょうか。

渡辺由美子氏(以下、渡辺氏):私たちが困窮子育て家庭に実施したアンケートでは、「どんなに苦しくても生活保護を申請したくない」と答えた人が22%に上りました。アンケートの調査対象の母体は、高校生以下の子どもが1人以上いる家庭で、年収200万円未満が65%、貯蓄も10万円未満が半数といった状況の方たちですので、十分生活保護の対象になる方たちです。さらに「できるだけ申請したくない」という回答も62%でした。要は8割の人は生活保護を求めていません。

生活保護は受け始めたら一生抜けられない

困っていても、生活保護は受けたくない。どういうことでしょうか。

渡辺氏:困窮子育て家庭の多くにとって、生活保護がセーフティーネットになっていないわけです。なぜかというと制度自体が時代に合っていない面があるからです。

確かに車があると受給できないとか、制約が厳しいということはよく聞きます。

渡辺氏:生活保護に関しては、少しずつ改善されていますが、いまだに車を持っていると言うと生活保護の申請を断られる方が多いようです。交通網が充実した都市部はともかく、車なしでは生活しにくい、通勤にも支障をきたすという地域は多くあります。そういう地域では子どもを病院に連れて行く、買い物に行くのにも車が必要です。

(写真:鈴木愛子)
(写真:鈴木愛子)

つまりそうした基準が利用者の生活実態に合っていない面があるわけですね。

渡辺氏:アンケートでは「生活保護は一度受け始めると一生抜けられなくなる仕組みだ」と訴える方もいました。生活保護を受けるためには、貯金や積立保険などの資産の保持は原則、認められません。「私にもしものことかあったときを考え、子どものために死亡保険に入っていますが、生活保護になるとそれも解約しなくてはならず、生活保護にはならないよう切り詰めて生活しています」と話す方もいました。

 コロナで一時的に仕事がなくなり、生活保護を受けたいと考えても、コロナが明けて働くことを思えば車を手放すことをちゅうちょします。どうしようもなくなって生活保護を受け始めると、何もない状態から生活を立て直すことは難しく、抜け出せなくなる。過去に生活保護を受けた方からは、「抜けるのが本当に大変だった」という声が多く聞かれます。だから絶対に受けたくないという人は多いのです。

確かに、一度、資産をゼロにして生活保護を受け始めたら、改めて自立するのは相当ハードルが高そうです。

渡辺氏:一方で、決心して申請しようとしても「働けるでしょう」「親族に助けてもらえないのか」と窓口で言われて、生活保護の申請を諦めたという声が多く届いています。コロナの影響で失職や減収になり、どうやっても一時的に生活費が足りなくなったけれど、コロナが収束すればまた一生懸命働ける方々です。生活保護制度が、経済は成長し続けるという前提の下、「仕事を選ばなければ、誰でも働ける。働かないのは、高齢や病気、障害などで働くことが難しい人」という考えに基づいているように感じます。しかし今回コロナの感染拡大が起きて、働きたい人が全く働けない状況になったとき、その暮らしを支える手段としては、現行の生活保護制度はそぐわない、というのが実情です。

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