米軍撤退が完了する前に、あっという間にタリバンに奪回され崩壊したアフガニスタン政権と社会の混乱を見ながら、「民主主義」や「自由」のもろさを改めて実感した読者も多いかもしれない。統治機構と社会、権力のバランスが取れた国家はどのようにして成り立つのか。民主主義、自由や繁栄を維持する条件のフレームワーク化に取り組み、ノーベル経済学賞の最有力候補とも評される米マサチューセッツ工科大学(MIT)のダロン・アセモグル教授のインタビューをお届けする。

 近共著『自由の命運――国家、社会、そして狭い回廊』(ジェイムズ・A・ロビンソン氏との共著、早川書房)では、自由と民主主義の維持に必要な条件などを考察しました。17世紀英国の哲学者トマス・ホッブスの『リヴァイアサン』にちなんで国家を「リヴァイアサン」と表現し、「外圧のトップダウン」で統治しようとする国家権力は、そもそも社会が同質ではない場合は全く機能しないと批判しています。

ダロン・アセモグル米マサチューセッツ工科大学(MIT)教授(以下、アセモグル氏):自由と民主主義と制度について、今回、3つの点を掘り下げた。

 1つは、制度とは動態的なもので、変化し続ける点だ。(制度が)どうできあがり、どう進化するのかに注目した。2番目は、国家の「能力」が果たす役割。国家は、どのように執行能力を獲得していくのかについてだ。その文脈で、国家権力の中央集権化についても考察した。そして3番目は最も重要な点で、国家における「(社会)規範」の役割だ。とりわけこの点について考えがかなり深まった。

<span class="fontBold">ダロン・アセモグル(Daron Acemoglu)<br />米マサチューセッツ工科大学(MIT)教授</span><br />1967年生まれ。92年、英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで経済学の博士号(Ph.D.)を取得。93年、米マサチューセッツ工科大学(MIT)経済学部助教授、97年准教授、2000年経済学部教授、19年からMIT教授(MIT Institute Professor)。専門は政治経済学、経済発展、成長理論など。2005年、40歳以下の若手経済学者の登竜門とされ、ノーベル経済学賞に最も近いとされるジョン・ベイツ・クラーク賞を受賞。著書に『国家はなぜ衰退するのか』(ジェイムズ・A・ロビンソン氏との共著、ハヤカワ・ノンフィクション文庫)、『マクロ経済学』(共著、東洋経済新報社)など。米国とトルコに国籍。(写真:Gretchen Ertl)
ダロン・アセモグル(Daron Acemoglu)
米マサチューセッツ工科大学(MIT)教授

1967年生まれ。92年、英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで経済学の博士号(Ph.D.)を取得。93年、米マサチューセッツ工科大学(MIT)経済学部助教授、97年准教授、2000年経済学部教授、19年からMIT教授(MIT Institute Professor)。専門は政治経済学、経済発展、成長理論など。2005年、40歳以下の若手経済学者の登竜門とされ、ノーベル経済学賞に最も近いとされるジョン・ベイツ・クラーク賞を受賞。著書に『国家はなぜ衰退するのか』(ジェイムズ・A・ロビンソン氏との共著、ハヤカワ・ノンフィクション文庫)、『マクロ経済学』(共著、東洋経済新報社)など。米国とトルコに国籍。(写真:Gretchen Ertl)

制度は規範なしには存在し得ない

 そもそも、制度は規範なしには存在しない。「規範」がどのように多くの人々をまとめあげ、制度を維持する役に立っているのか。考察を深めた結果、次の2つのポイントにたどり着いた。

 まず、国家権力と社会の力の関係について、そのバランスの度合いにより3つの違う「リヴァイアサン」がある。

リヴァイアサンの発展について、グラフのX軸を社会の力、Y軸を国家権力の力として、その発展を右上がりの曲線で表現しています。

アセモグル氏: 国家権力と社会のバランスが良ければ、国家は「足かせのリヴァイアサン」、つまり国家権力と社会が安定した力関係から出発し、発展する。

 それが米国や英国、ということですね。建国の出発点で、国家権力と社会のパワーバランスが安定していた。

アセモグル氏: 一方、国家権力が強くなり過ぎると(独裁国家などの)「専横のリヴァイアサン」になっていきやすい。

 著書では、中国のケースを挙げています。建国の出発点が、社会より国家権力とエリートのほうが強い状態、ということですね。

アセモグル氏: 国家権力が弱体化し、社会が強過ぎる場合は、「不在のリヴァイアサン」(無政府状態)に向かっていく。政体の出発点で社会の規範の影響力が国家権力やエリートより強く、中央集権的な制度を阻止する力があるからだ。

 「不在のリヴァイアサン」としてレバノンのケースを挙げていましたね。アフガニスタンでは、米国の支援を受けてきた政権が崩壊してイスラム主義組織タリバンが実権を握り、米軍の完全撤退を前に、在留外国人や国民に恐怖が広がっていると伝えられています。

アセモグル氏: 最近、(寄稿を配信する)非営利のメディア「プロジェクト・シンジケート」に、アフガニスタンの国づくりがなぜ失敗したのかをテーマに寄稿した。アフガニスタンに、機能する政府が必要だったのは確かだ。だが国家権力と社会のパワーバランスの議論を鑑みれば、それを米国がアフガニスタンで、トップダウンの外圧でつくるという前提が間違っていた。

 もともと慣習や規範が地方によって異なり、長い間政府が弱くて機能していなかったアフガニスタンのような社会では、トップダウンの強権で建国しようとしても、(国家権力が)社会に対抗できず、リヴァイアサンは確立できないのだ。歴史的には17世紀から20世紀初頭まで続いた中国の清王朝や、さらに遡れば15世紀のオスマン帝国など、多民族社会が上手に建国を成し遂げた例もあるが、大抵の場合、国家権力の強権ではなく、妥協と協力を重ねることによって実現している。

 成功する中央集権国家は、配下の人々との合意や協力によって国をまとめていくものだ。中央集権化のモデルではそもそも、国家権力は国民の意に反する強要はしないし、むしろ少数者の人気や支持をしっかり確保して正当性を得ていく。

 すなわち、米国がタリバンと協力すべきだったと言っているわけではない。最初の時に、汚職にまみれた、ハミド・カルザイ大統領らに資源をつぎ込まず、地元の団体と密接に協力して進めるべきだった。 米国が支援したアシャフ・ガニ大統領は最近アラブ首長国連邦(UAE)に逃亡したが、2009年の共著で、米国の戦略がいかに汚職をひどくし、国家の目的を失敗させるかを指摘していた。だがいったん自分が権力の座に就くと、結局、同じ道をたどった。

 こうして国家の能力の移り変わりやすさを考え始めると、国家の経済発展が、人々が一番気にする「豊かさ」の味方では決してなく、(豊かさの実現は)国家権力と社会のバランスがどうであるか次第であることが明確に分かってくる。

アセモグル教授は、自由な市場経済と民主主義の組み合わせこそが、長期的な経済成長にとって重要と主張しています。これまで繰り返し「社会」という言葉を使っていますが、「社会」をどう定義しているのですか。

アセモグル氏:それは実に素晴らしい質問だ。我々は、「社会」を多くの意味で同時に使っている。第一に、近代の文脈であれば、それは市民社会だ。普通の人々の、広いまとまりだ。ただし2つのことを意識している。

続きを読む 2/4 「階層」は市民社会の道具

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