(写真:代表撮影/読売新聞/アフロ)
(写真:代表撮影/読売新聞/アフロ)

 2022年11月17日、岸田文雄首相と中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席がタイ・バンコクで会談を行った。両首脳は、日中両国の「建設的かつ安定的な関係」の構築に向けて、首脳レベルを含めたあらゆるレベルで緊密に意思疎通をしていくということで一致した。

 02年以来、私は中国の首都・北京に身を置き、大きく揺れ動く激動の日中関係を見続けてきた。民間による「草の根交流」は極めて重要だが、それは両国間に安定的な関係があって初めて成り立つ。それを最も強く感じたのが12年9月に起こった尖閣諸島をめぐる両国の対立だった。

氷河期から氷解へ

 尖閣問題を契機に日中関係は「最悪」の状態に陥った。全国各地で起こった反日デモでは一部が暴徒化し被害が相次いだ。日本製品の中国での売り上げは車や家電製品を中心に激減。多くの民間イベントが中止や延期を余儀なくされた。

 私個人としても、長い時間をかけて準備を進めていた交流プロジェクトが全て吹き飛んだ。これほど自分の無力さを痛烈に感じたことはなかった。

 尖閣問題以降、日中両首脳が初めて会談に臨んだ14年11月、仏頂面で握手する安倍晋三首相(当時)と習主席の写真が話題となった。約2年半ぶりの会談は「笑顔なき首脳会談」と揶揄(やゆ)されたが、安倍首相(当時)は「戦略的互恵関係の原点に立ち戻って関係を改善させていく第一歩になった」と評価した。

 実際、これを契機に両国関係は好転する。翌15年5月、二階俊博自民党総務会長(当時)が財界、日中友好団体の関係者など約3000人を率いて中国を訪れた。北京の人民大会堂で開催された訪中団を歓迎する「日中友好交流大会」には、習主席もサプライズで登場し、会場には驚きの声が上がった。以降、両国首脳が顔を合わせる機会が増え、両国関係は着実に改善していく。

 「日中友好条約」締結40周年となる18年には安倍首相(当時)が中国を訪問。日本の総理大臣の7年ぶりの公式訪中に対し、中国メディアは「融冰之旅(氷をとかす旅)」と好意的に報じた。19年6月の習主席訪日、同年12月の安倍首相(当時)再訪中を経て、日中関係は「尖閣後」で最高潮に達した。

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