
今年7月以降、建設工事の停止で引き渡しが遅れている住宅の購入者によるローン返済拒否の動きが中国各地で広がっている。CITIC Futuresのリポートによると、2022年7月25日までに返済拒否が確認された不動産プロジェクトは319カ所に達した。中でも、河南省(約19%)、湖南省(約10%)、湖北省(約8.5%)などの都市が多い。
これを受け、中国政府は緊急対策へと乗り出した。キーワードは「保交楼(不動産の引き渡し保証)」。7月28日に開催された習近平(シー・ジンピン)総書記(国家主席)が主催する中央政治局会議において、「地方政府が責任を取り、不動産の引き渡しを保証し、民生を保証する」との方針が示されたことで、にわかに注目を集めている。
「保交楼」の手法の一つが不動産救済基金を通じた資金の注入だ。建設停止の主要因である不動産デベロッパーの資金繰り難を解消するために、地方政府が主導して救済基金を設立し、問題が生じている不動産プロジェクトに資金支援を行うことで、住宅の購入者への引き渡しにつなげたい考えだ。
不動産救済基金のスキーム
率先して不動産救済基金を立ち上げたのが、ローン返済拒否プロジェクトが最も多い河南省の省都である鄭州市だった。
鄭州市が発布した「不動産救済基金の設立・運営方案」によると、「中心都市基金」が100億元(約2000億円)を拠出し救済基金(親基金)を設立し、さらにその下部に設置する基金(子基金)を通じて問題が生じている不動産プロジェクトの救済を行う計画となっている(下の図左側)。
100億元の拠出元である中心都市基金について詳しく見てみると、鄭州市財政局が100%出資する「鄭州市中融創産業投資公司」が株式の75%を保有している。つまり、鄭州市政府が実質的にコントロールしている組織と言える。
スキームは複雑だ。ポイントとして、親基金→子基金→不動産プロジェクトの過程において、社会全体から幅広く資金を集める仕組みとなっている点が挙げられる。
鄭州市不動産救済基金のスキーム図
まず、子基金の設立に関しては、救済基金(親基金)の出資比率は最大30%と規定されており、残りの70%は市区級国有企業や社会資本(中央企業、省級国有企業、施工企業、資産管理会社、金融機関など)から出資者を募る。なお、不動産プロジェクト所在地の国有投融資会社(融資平台)は、原則として子基金の組成に参加しなければならないと規定されている。
次に、不動産プロジェクトに注入する資金については、子基金の自己資金が最大40%と規定されており、残りの60%は金融機関からの融資などが想定されている。
親基金から不動産プロジェクトに至るまでの具体的な金額について、規定の比率に沿って推計してみよう(上の図右側)。
親基金→子基金については、救済基金の出資比率30%で算出すると、子基金全体の金額規模は333億元(100億元÷30%)となる。つまり、市区級国有企業や社会資本など外部からの出資金は233億元となる計算だ。
子基金→不動産プロジェクトについては、子基金の出資比率40%で算出すると、最終的に不動産プロジェクトに注入される資金総額は833億元(333億元÷40%)となり、金融機関からの融資額は500億元に達する。
地方政府が拠出する100億元を呼び水として、最低でも総額733億元の外部資金を利用するスキームだ。デベロッパーの短期的な流動性不足が原因で建設が停止しているが、完成すれば一定の収入が見込まれる不動産プロジェクトが対象となっており、最終的には、その回収資金が返済の原資となる。
中国メディアによると、鄭州市の対象となる不動産プロジェクトは72件。すでに一部の基金は立ち上がっており、10月中旬までの完了を目指す。なお、鄭州市以外にも、河北省や広西チワン族自治区などの都市においても不動産救済基金を設立する動きがみられる。
政策性銀行が資金援助
「保交楼」の責任を負うのは地方政府だが、不動産不況を背景に地方財政は悪化しており、問題が生じている不動産プロジェクトのすべてを地方政府のみで解決するのは難しい。実際に、中国財政部によると、2022年7月までの地方政府の国有土地使用権譲渡収入は、前年同期比31.7%減少している。
※不動産市場と地方財政の関係については、「中国地方都市に破綻リスク。4割超が人口減、不動産暴落も」を参照。
このような中、中央政府による全国的な「保交楼」支援の動きもみられるようになった。
8月19日、中国住宅都市農村建設部、財政部、人民銀行などによる「保交楼」のための金融支援政策が、「新華社」などの報道で明らかとなった。販売済みかつ受け渡し期限を過ぎた不動産プロジェクトを対象に、中国の政策金融を担う政策性銀行が2000億元規模の特別貸し出しを行う。
政策性銀行が個別の不動産プロジェクトに直接貸し出すのではなく、地方政府がまとめて借り入れ、使用、返済の責任を負う仕組みとなっている。貸出期間は最長3年間で、中央財政が政策性銀行に対し2年間1%の利子を補助する。中国メディア「財新」によると、地方政府による自主申請で、申請締め切りは2023年3月末という。
政策性銀行による貸し出しは、あくまで財政難にある地方政府を金融面で支えるためのものであり、不動産救済基金の設立などの具体的なスキームに関しては、各地方政府が独自で立案、実施するとみられる。前述のような、政策性銀行から借り入れた資金を呼び水に社会全体から幅広く資金を集めるスキームが想定される。
政策効果は不透明
中央、地方を挙げて「保交楼」に躍起になっているが、課題は多く効果は不透明だ。
まず、即効性に乏しく、短期間での問題解決が困難な点が指摘できる。資金投入の前提として、不動産プロジェクトの詳細な現状把握が欠かせない。建設再開に必要な具体的金額、資産負債の明確化、完成後の収入見通しなどの査定にはそれ相応の時間を要すると考えられる。また、当初見通し程のリターンが得られないと査定された場合の対応についても明確ではない。
外部資金調達の成否も定かではない。前述の通り、鄭州市救済基金では最低でも8.33倍のレバレッジがかかるスキームとなっており、子基金の設立に70%(233億元)、不動産プロジェクトへの投融資に60%(500億元)、合計733億元の外部資金が必要となる。逆説的に言えば、これらの外部資金が集まらなければ不動産プロジェクトに資金は届かない。特に、不動産融資が引き締め傾向にある現下の環境において、金融機関を通じた資金調達は困難になると考えられる。
とはいえ、中央、地方政府がローン返済拒否問題を重視し、「保交楼」政策を打ち出した意義は大きい。中国国民の政府に対する信頼度は高く、住宅購入者を一時的に落ち着かせる効果は少なからずあるだろう。
一般人にとって人生最大の買い物である住宅のトラブルは大きな社会問題へと発展しやすい。可及的速やかに「保交楼」政策を実現させていくことが、不動産市場のみならず中国社会全体の安定にとって極めて重要となる。
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