新型コロナウイルスとの戦いにおいて中国が用いたのは、国内における感染拡大を徹底的に抑え込み、外国からの渡航者を厳しく管理する、という手法だった。
外国からの渡航者に対しては、入国者数を抑制すると同時に、全員に出国前のPCR検査と抗体検査を義務付けている。また入国後も、空港とホテルで計2度のPCR検査と抗体検査を行うという徹底ぶりだ。
冬場に入り感染者が増えてくると、入国者に対する管理はさらに厳しくなった。例えば北京市では、隔離期間を1週間延長し21日間のホテル隔離を義務付けた。当然だが、自国民、外国人を問わず全員が同ルールに従わなければならない。
※中国における水際対策に関しては「中国入国、水際対策のリアル。日本人専用ホテルの14日間」を参照。
それでは国内の感染拡大はいかして抑え込んだのであろうか。用いられたのは、ハイテクとローテクを組み合わせた、中国ならではの手法であった。
最新テクノロジーを用いたコロナ対応
コロナ戦線における最前線の医療現場で用いられたのがオンライン医療だ。湖北省武漢市が封鎖状態となったのが2020年1月23日。その直後から医療現場におけるIT活用が官民挙げて積極的に進められた。2月3日には中国国家衛生健康委員会が「新型コロナウイルス感染症の予防・抑制業務における情報技術活用強化に関する通知」を発表し、オンライン医療サービスの利用を積極的に呼びかけた。民間でもアリババ、テンセントなどのIT大手が、様々な医療サービスを展開した。
遠隔医療も進んだ。5Gネットワークを利用し、短期間で病院に高速インターネット環境をつくり上げた。上海には公立病院では初めてとなるオンライン専門病院「徐匯雲病院」も登場した。
AIを用いた医用画像の診断も行われた。中国メディアによると、新型コロナ患者1人のCT画像は300枚ほどあり、医者が肉眼で判断すると5~15分ほどかかるが、アリババの最先端技術研究機関である「達摩院」が開発したシステムを用いれば、20秒で精度96%の検査結果が得られるという。診断スピードが大きく向上し、医療現場の負担軽減につながった。
感染拡大を防ぐために健康状態確認アプリも導入され、日常的に使われるようになった。本人の申告内容だけでなく、GPSの位置情報に基づく行動履歴や政府のデータベースなど様々な情報を、スマホにダウンロードされたアプリが分析し、個人の感染リスクを3段階に区分する。レストランや商業施設、観光地などに立ち入る際にはQRコードのスキャンが求められ、安全性を証明すると同時に、感染者が出た場合の追跡も可能となる。
人同士の接触を防ぐためにドローンやロボットも利用された。例えば無人配送ロボット。事前に予約しておけば、到着前にスマホに連絡が届く。受取場所に行き、停車している配送ロボットで認証確認を行うと、ボティーの扉が開いて荷物を取り出せる仕組みだ。また、カメラとスピーカーの搭載されたドローンを用いた遠隔警備や、農薬散布用のドローンによる消毒剤散布も行われた。
「社区」コミュニティーで人海戦術
このように様々な先端技術がコロナ対策に用いられ効果を発揮したが、感染拡大抑制に最も有効だったのが、各コミュニティーでの人海戦術による「ローラー式管理」であろう。
中国の都市部には「社区」と呼ばれるコミュニティーがある。人口数千人程度のエリアで、私が住む「芍薬居二社区」には、21棟のマンションがあり、約3000世帯、7000人程度が住んでいる。
正式な行政単位ではなく、住所にも記載されないため普段から意識することはほとんどなかった社区だが、「新型コロナウイルス感染症に対する社区予防・抑制業務法案」が1月末に発表されると、感染拡大抑制の最前線で重要な役割を果たすことになる。
社区を管理するのが「居民委員会(居委会)」と呼ばれる組織で、数名の専属職員が様々な任務に当たっている。公的な立場ではあるが公務員ではない。「社会工作者」と呼ばれる職種に分類され、2008年から「社会工作師」の国家資格試験も実施されている。最近では大卒、大学院卒の専属職員も増えているようだ。
専属職員は数名程度で、例えば、私が住む「芍薬居二社区」の居委会は、主任1名、副主任2名、委員5名で構成されている。当然、大規模なコロナ対策はこれだけの人数では不可能であるため、住民の中からボランティアを募り対応に当たった。
ボランティアに5カ月ほど参加した北京在住の友人によると、コロナ対応以外にも、老人や弱者のケア、困窮者の支援、近所同士のトラブル解決など、社区内の「人」に関する多くの問題に取り組むため、「居委会の仕事がこんなに大変だとは思わなかった」そうだ。
外出制限の期間中はゲートに担当者を配し人の往来に制限をかける。住人に「出入証」を配布し、出入りの際にゲートで提示を義務付ける。また、検温などの健康チェックも実施する。
隔離者の監視とサポートも居委会の仕事だ。例えば、レストランに出前を頼んだり、スーパーに野菜の配送を依頼したりしても、配達業者は敷地内に入れないため、通常であれば住人がゲートまで取りに行く。しかし、隔離中は一歩も外に出られないため、居委会関係者が代わりに受け取って家まで届けてくれる。
社区でもPCR検査
ハイリスクエリアの住人は全員にPCR検査が義務付けられる。社区単位でPCR検査を実施する場合、検査自体は地方の衛生当局が担当するが、事前に受ける順番を決め住民に通知したり、検査時の秩序維持を行ったりと、検査を受ける人を組織するのが居委会だ。おかげで大規模なPCR検査も長時間並ぶことなく迅速に終えることができる。検査結果も全て居委会に提出する必要があるため、受けていない人の判別も可能となる。
2021年1月、河北省石家荘市で感染拡大が確認されると、約1100万人の全市民を対象にPCR検査が行われた。中国メディアによると、わずか3日間で検査を終え、さらに複数回にわたり同規模の検査が行われたという。1月末、北京市の東城区と西城区でも、200万人規模のPCR検査を2日間で行った。
このような大規模検査を短期間で実施するためには、社区・居委会という制度が無ければ難しいだろう。現在帰省している私の学生も、ボランティアとして実家がある社区のPCR検査を手伝ったという。社会が一丸となってコロナと戦っているのだ。
法律や制度も全く異なる我が国では、このような厳しい措置を全国規模で迅速に実行するのは難しいだろう。しかし、水際対策やハイテク技術の導入なども含め、学べる点は少なくないはずだ。他国の成功ケースを積極的に取り入れ、我が国のコロナ対策に役立ててほしい。一日でも早い収束を心から願っている。
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