アントはフィン企業かテック企業か?

 アリペイが代名詞のアントであるが、上場目論見書のセグメント情報を見ると、2020年上期(1~6月)の売り上げの63.4%を占めるのが「融資・投資・保険」事業だ。中でも、中小・零細事業者や個人向けの融資を行う部門が同39.4%と最も高い。

 これを見る限り銀行業を営んでいるようにも見えるが、実際に融資を実施しているのは、アントではなく、提携先の金融機関だ。アントは、AIを駆使して自身が持つ膨大な顧客データの分析を行い、与信枠や金利などを算出、それを提携金融機関に提供して技術サービス料を得て稼いでいる。

 つまり、アントは情報を提供しているにすぎず、実際の融資はほとんど行っていない。そのため、講演でマー氏も述べているように、アントは自らを「テクノロジー企業」と標榜している。

 一方、実際に融資を行い、信用リスクを負うのは銀行だ。アントの情報が融資先の与信判断を左右するのは事実であり、それに対しアントがリスクを負わないというのは確かに不自然だろう。そして、金融規制を受けるのもアントではなく銀行というゆがみも生じる。そのため、金融当局はアントを「金融企業」と見なし、他の金融機関同様の規制強化が必要だと考えていた。

 アントと当局の間でこのような綱引きが展開されていたと想像できるが、マー氏の講演直後に事態は急展開する。

 国務院金融安定発展委員会は10月31日に会議を開催し、「フィンテックと金融イノベーションは急速に発展を遂げており、金融の発展、安定、安全のバランスを図る必要がある」とした上で、「イノベーションを奨励し、企業家精神を発揚させると同時に、監督管理を強化し、法に基づき金融活動を全面的に監督管理に組み込み、効果的にリスクを防止しなければならない」と表明した。つまり、フィンテック企業を「フィン」企業と位置づけ、金融規制の対象としたのである。

 アントが上場を予定していたのは新興企業向け株式市場「科創板」。「科創」とは中国語で「科学技術・イノベーション」を指し、その名の通り、多くのテクノロジー企業が上場する。また、スタートアップ向けということで、上場基準も比較的緩やかだ。アントも「テクノロジー企業」として上場しようとしていたし、実際に、証券監督管理委員会からは認可も出ていた。

 それが、土壇場で「金融企業」と見なされ、「公募・上場の条件や情報開示の要件を満たさなくなる可能性」(上海証券取引所)が出てきたため、急きょ上場延期となったと考えられる。

 今後は金融企業としての条件を満たした上で、再度上場を目指すことになるだろう。

時間を要するアントの上場

 上場で調達できる資金はアントの中長期的発展に欠かせない。フィンテックに対する規制強化が進む中、国内業務の多角化が必要であり、「ノウハウ輸出+戦略投資」モデルによる国際市場の開拓にも巨額の資金を要する。

※上場した場合の調達資金の運用方法に関しては、「アリババ傘下アント、上場資金3.7兆円で『世界展開』へ」を参照。

 アントは上場に向けすでに準備を始めている。中国メディアによると、新たに最高コンプライアンス責任者(CCO)の役職を設け、規制に対するコンプライアンス強化を図っているという。

 しかし、上場の見通しは全く立っていない。中国証券監督管理委員会の方星海副主席は11月17日に開催されたフォーラムで、アント・グループの上場に関して、「政府がいかにフィンテック企業の監督管理の枠組みを再構築するかによるし、企業がいかにその環境に対応するかにもよる」と述べている。つまり、これから政府がフィンテック企業に対する規制を再構築するのを待ち、それに対するアントの対応が終わってようやくめどが立つ。

 アントにとって悲願の上場は、長く険しい道となりそうだ。

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