プラスチックごみ問題に関する国際的議論が活発になっている。20カ国・地域(G20)エネルギー・環境相会合は6月16日、海のプラスチックごみ削減に向けた国際枠組み構築に合意した。G20大阪サミットで採択された「大阪宣言」には、2050年までにプラスチックごみによる海洋汚染ゼロを目指す「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン」が盛り込まれた。
その背景にあるのが、自国の処理能力を超えるプラスチックごみが生産、消費されているという現実だ。日本でも、国内の産業廃棄物処理業者のプラスチックごみ保管量がひっ迫しており、8月下旬から一時的な保管量の上限を従来の2倍に引き上げる予定となっている。
以前、アメリカや日本をはじめとする先進国で発生したプラスチックごみの多くは、中国が大量に輸入し処理してきた。しかし2017年末、中国政府が輸入禁止に転じ、行き場を失った大量のプラスチックごみが国内で滞留し、先進諸国で社会問題となっている。
中国政府が受け入れ停止に転じた大きな要因の1つに、国内でのプラスチックごみの急増がある。その最大の原因がモバイル決済の爆発的普及に伴い、利用者が急増している「外売(ワイマイ)」だ。
夕方の人気レストラン前はワイマイ配達員であふれかえる。
「ワイマイ」とは、インターネット・デリバリー・サービスの総称で、外食の配達代行でよく使われる。モバイル決済をプラットフォームにダイナミックに広がる「中国新経済」の代表的ビジネスだ。
スマートフォンの専用アプリを立ち上げると、GPS(全地球測位システム)で自動的にユーザーの場所を特定し、周囲にある配達可能なレストランを紹介してくれる。好みの料理などもキーワードで検索できる。配送料金や配達の目安時間などをもとに、お店や料理を選択し、スマホで決済すれば注文完了となる。あとは配達を待つだけだ。
この「ワイマイ」で、配達の際に料理を詰める容器、袋、スプーンなどがプラスチック製で、その多くがごみとなっているのだ。
「ワイマイ」市場が急拡大したのが2015年から17年にかけてであった。これは中国政府がプラスチックごみの輸入禁止の決定に動いた時期と重なる。中国調査会社の易観が公表したリポートによると、フードデリバリーの取引額は、2015年第1四半期の42.7億元(約683.2億円)から右肩上がりで上昇し、2017年第4四半期には677.3億元(約1兆836.8億円)と、3年近くで約16倍になった。
「The New York Times中文版」は2019年5月28日、「1年で200万トンのワイマイごみ:プラスチックに埋没する中国」と題する記事を掲載し、中国における「ワイマイ」に起因するごみは、2017年に160万トンに達し、2年前の9倍に急増したと指摘している。
ワイマイで注文した「麻辣香鍋セット」。様々な形をした容器に入れられて配達される。
様々な形のプラスチック容器を開発
「ワイマイ」は、消費者に利便性をもたらすだけではなく、レストランのビジネス拡大にも資する。出前が増えれば、店舗の席数やホールスタッフの手間などは変わらなくても、売り上げは上がる。北京では料理のジャンルを問わず、多くのレストランが「ワイマイ」に対応している。
そのため色々な料理の形に合わせたプラスチック容器が開発されている。例えば、私がよく「ワイマイ」で注文する好物が「麻辣香鍋(マーラーシャングオ)」。肉や野菜などを唐辛子、山椒(さんしょう)が入った激辛のタレでいためた四川料理で、通常レストランでは鉄鍋に入って提供されるが、「ワイマイ」用では直径20センチ強の巨大な専用容器に入れて配達される。
この他にも、丼物や麺類、火鍋など、ほぼすべてのジャンルの料理を「ワイマイ」で注文することができる。これらすべてがプラスチックの容器に入れられて配達される。
問題はこの容器の処分方法である。ペットボトルや段ボールなどの資源ごみは、リサイクル業者が回収しているが、「ワイマイ」で使われているプラスチックの容器はリサイクルされることなく処分されているようだ。私の通勤路の途中にリサイクル品を回収している業者が2軒あるので聞いてみると、どちらも「状態によるがほとんど不要」、「使用済みは受け取らない」というものであった。
前出の「The New York Times中文版」の記事でも、プラスチック容器は事前に洗浄する必要がある上、軽量すぎて大量に回収しないと業者が買い取りに応じないため、ほとんどリサイクルされていない、と指摘している。
「新経済」の優等生として成長してきた「ワイマイ」というビジネスは、ごみ問題という新たな社会的コストの上に成り立っているといえよう。
交通事故を誘発する「ワイマイ」ビジネスモデル
「ワイマイ」が引き起こしたもう1つの新しい社会問題が、配達員による交通事故だ。
日本では最近、ウーバーイーツの配達員が業務中にケガをしても、補償が受けられないといった問題が指摘され始めているが、中国の「ワイマイ」配達員が運転する電動バイクによる死傷事故は、数年前から社会問題となっていた。
中国共産党機関紙の「人民日報」が「命がけの出前を配達員にさせるな」というタイトルの社説で、多発する「ワイマイ」配達員の死傷事故に警鐘を鳴らしたのが、2017年9月であった。
なぜ「ワイマイ」配達員による事故が絶えないのだろうか。
現在、この電動バイクは時速25kmが最高速度と規定されているが、北京の街を走っているバイクはそれ以上のスピードが出ているように見える。実際に、ネット上ではリミッターを解除して最高速度を上げる情報があふれており、改造を請け負う業者も多い。
また、この電動バイクは日本の原動機付き自転車のように運転免許は必要なく、自賠責保険などの加入義務もない。つまり道路交通法の知識もない配達員たちが、無免許・無保険で、しかも強度やブレーキが時速25kmにしか対応していない電動バイクを改造して乗っているのである。
それだけでも十分危険なのだが、この「ワイマイ」というビジネスモデルそのものに、事故を誘発する要素が含まれている。
「ワイマイ」の報酬制度は、配達した件数に応じて手数料が支払われる歩合制であるため、配達員たちはより多く稼ぐために1つでも多くのオーダーを受けたい衝動に駆られる。さらに、信用評価システムで低い評価をつけられないためにも、注文時にアプリで表示される配送目安時間から大きく遅れるわけにはいかない。料理が冷めてしまっても評価が下がってしまう。
そのため、暴走運転や信号無視、一方通行の道の逆走など無謀な運転をしがちになる上、届け先の地図を見ながら運転することも多い。それで結果として事故を招いてしまうのだ。
実際に北京の街を歩くと電動バイクの危険性がよくわかる。電動バイクは音がしないので近づいてきても気がつきにくいのだ。青信号の横断歩道を渡るときも気が抜けない日々はまだ続いている。
キャッシュレスが普及し、新たなタイプのビジネスが次々と誕生している中国では、過去になかった社会問題が顕在化し始めており、プラスチックごみのように、国際社会にまで影響を及ぼすケースもみられるようになってきた。「中国新経済」の発展がもたらす影の部分にも留意する必要があろう。
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