全3106文字

「デジタル農民」の実情

 このマネジャーが勤める会社は、主に大企業から委託を受けてシステムを開発している。実際に作業をする従業員の数は計43人と小規模で、キャリア5年未満の「新人」ばかりだ。学歴は大卒者が約3割と「全体的に低い」。

 彼らの2019年1月の平均月収は、税引き前給与で約1万2100元(約20万円)。月によって若干のばらつきがあるものの、毎月ほぼこの給与水準だという。

 北京市発表の公式統計によると、2017年の北京市全体の平均月収は8467元(約14.1万円)となっている。また、最近就職が決まった私の大学院の教え子の初任給が1万1500元(約19.2万円)。公式統計は存在しないが、文系の大学院卒で北京の民間企業に就職する場合の初任給は、おおよそ9000~1万2000元(約15~20万円)程度だという。これらと比較しても「デジタル農民」の額面上の給料は決して低くはない。

 高収入の裏にあるのが長時間労働である。平均的な勤務状況は「995もしくは996」。朝9時出勤、夜9時退勤、週5日もしくは6日勤務という意味だ。繁忙期は徹夜もありうる。ほとんどの従業員が職場の近くに部屋を借り、複数人でシェアしている。家は帰って寝るためだけの場所にすぎないそうだ。

 この「996問題」は、アリババ創業者の馬雲(ジャック・マー)氏が最近、社内の交流会で「996」を肯定するような発言をし、ネット上で大きな物議を醸した。中国のテック業界においては、長時間労働が日常化しているようだ。

 また、技術の進歩も速く、常に新たな技術や知識を習得し続ける必要があるという。肉体的だけではなく、精神的にも厳しい労働環境を考えると、「給与レベルは低い」。

 このような厳しい労働環境こそが、自らを「デジタル農民」と揶揄(やゆ)する最大の理由だという。この会社のマネジャーは北京出身だが、技術者はすべてが地方出身者。「比較的裕福な環境で育った北京出身者の多くはこのつらい仕事には耐えられない」からだ。

 過酷な環境にもかかわらず「離職率は低い」。逆に、雇用契約は毎年更新で、能力の低い人材はリストラされる可能性もあるため、クオリティを判断する発注元に満足してもらえるよう必死で働いている。

 その理由が、少しでも長く、継続して現場経験を積むためだ。彼らは、単に日銭を稼ぐために働いているわけではない。「この業界はキャリアが最重要。我が社のような小さな会社で最低5年間我慢し努力すれば、『BAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)』のようなITトップ企業に入りさらに高収入を得る道が開ける」とマネジャーは言う。

 学歴を極めて重視する中国において、いったん受験に失敗し学歴社会からドロップアウトすると、自ら起業し成功する以外は、都市部で住宅を購入できるほど裕福な生活を送ることは難しかった。しかし、デジタル社会が到来し、新たな成功への道が広がったといえる。

 明確な目標があるからこそ、過酷な労働条件の下で「デジタル農民」と自嘲しながらも、努力し続けることができるのだろう。

 しかし、この業界は競争が厳しく、トップ企業に再就職できる優秀な人材は一部にすぎない。さらに今後は、デジタル労働市場における競争環境は一段と激しくなっていくことが予想される。中国政府、民間IT企業が中心となり技術・技能人材の育成に力を入れ始めており、「デジタル農民」は増加していくと考えられるからだ。