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馬車にもQRコードのリアル

 消費者側の最大のメリットは利便性の向上である。

 現在北京では、スマートフォン(スマホ)で決済できないシーンはほとんどない。レストラン、スーパーなどの正規店にとどまらず、道ばたで雑貨や青果などを売っている露天商を含め、ほぼすべての店舗がQRコード決済に対応している。

 私が勤務する対外経済貿易大学は、北京北東部の四環路(東京の環状七号線に相当)の内側に位置する。その大学のそばでは、荷台に果物や野菜などを積んだ馬車を今でもたまに見かける。高層マンションの横を、前近代的な馬車が走る光景は異様だが、その馬車にもモバイル決済用のQRコードは当然貼ってある。

 偽札に出合うことはめったになかったが、汚れてヨレヨレになっている紙幣はよく見かけた。自動販売機の紙幣投入口にお札を入れても識別されず戻ってきてしまう。硬貨があまり流通していない北京でこれまで自動販売機が普及しなかった大きな理由だった。これがモバイル決済の普及により現金不要の自動販売機が増え、気軽に買い物ができるようになった。

 また、銀行口座情報など一切必要なく、1円単位で簡単に個人間送金ができるため、お店での割り勘や遠方の友人とのお金のやり取りが便利になった。現金を持ち歩く必要が無くなったため、財布が不要で盗難の心配もない。また、ATMに並ぶ時間も短縮でき、出金手数料も払わなくてよくなった。

 日本では当たり前となっている銀行口座自動振替は中国では浸透していない。そのため、水道料金などの公共料金は、以前は銀行に実際に足を運んで支払っていた。昼の混雑する時間などでは1時間以上待たされることも日常茶飯事で、毎月とても苦痛だった。それが、今ではスマホを使って数十秒で支払うことができるようになった。

 モバイル決済の普及によって、無駄な時間が減り、生活効率が断然高くなったのは間違いない。

社会的コストの削減

 マクロでみた場合、キャッシュレス化の大きなメリットの一つが、現金を使うことで生じる社会的なコストの削減である。

 日本は現金大国だ。野村総合研究所によると、現金決済インフラを維持するために、年間約1兆円を超える直接コストが発生しているという。

 現金は、製造から流通、廃棄に至るまでのプロセスにおいて様々なコストがかかっている。印刷された日本銀行券(紙幣)は、厳重に警備された現金輸送車に積まれて日本銀行へと運ばれる。そこでいったん保管され、さらに銀行を通じ、市中に出回る。市中においては、銀行ATMのコストや、お金を受け取る店舗ではレジ締めなど、現金関連の業務で人件費が発生する。また最終的に、傷んだ紙幣や硬貨は、日本銀行の各支店に届けられ一つひとつ処理されているが、それにも多くの人手や費用がかかっている。

 キャッシュレスが進めば、これらの人的、経済的コストは大幅に削減できる。

 この他に考えられるメリットが、ベンチャー市場の活性化だ。中国では、決済アプリをプラットフォームに、これまでなかった新しいタイプのビジネスが次々に生まれ、巨大なエコシステム(生態系)が形成されている。

 例えば、自宅にいながら好きなレストランから出前を注文できるデリバリーサービス。外出先でライドシェアやタクシーの配車を依頼したり、道端に停車しているシェア自転車を利用したりするモビリティサービス。無人コンビニや無人ジム、無人カラオケといった無人サービスなど。これらすべてのサービスが、モバイル決済を前提に設計されている。

 これらの過去に類を見ないサービスは、多くのスタートアップ企業が新たなビジネスチャンスを求め参入した結果生まれた産物だ。