「果蔬好亜運村店」の売り場。清潔感あふれる売り場では、すれ違う客に対し従業員がお辞儀をしながら挨拶をする。
「こんにちは、いらっしゃいませ!」
店舗に立つすべての従業員が、客が目の前を通ると作業の手を止め、手を前にそろえ深々とお辞儀をしながら挨拶をする。立ち止まって色々と迷っていると「何かお困りでしょうか」と声を掛けてくれる。
こんな日本さながらの「おもてなし」を看板とするスーパーマーケットが北京にある。創業者の江明董事長が「我々の会社はよく日本に学びに行く」と明言する「果蔬好(グオシューハオ)」だ。
私が実際に足を運んだのが果蔬好亜運村店。広々とした売り場は温かみのある木目調で統一されており清潔感に溢れていた。新鮮な生鮮食品は整然と並べられ高級感を更に演出している。日本料理のコーナーもあり、寿司やうなぎの蒲焼といった定番に加え、たこわさやとびっこといった中国のローカルスーパーにしては珍しい総菜もあった。
レジでは一つ一つ商品を丁寧に袋詰めしてくれる。モバイル決済にも当然対応しているが、試しに現金で支払うとおつりを両手で丁寧に渡し、深々とお辞儀をしながら「またのお越しをお待ちしております」と笑顔で送り出してくれた。
日本では当然のように思えるかもしれないが、過去の中国を知る人であれば隔世の感を禁じ得ない光景だ。
日本の「おもてなし」を知った中国人
1996年9月、北京に到着した直後に生活用品を買いそろえるために最初に訪れた国有のスーパーマーケットでの出来事があまりにも衝撃的で今でも鮮明に覚えている。
一つのショーケースを一人の従業員が担当し、自分の持ち場以外は全く関与しない。洗面器が欲しかったが担当者がおらず、隣の従業員に声をかけても無視。買いたいとしつこく迫っても「私は知らない」と取り付く島もなかった。別のブースで洗剤を買ったが、お釣りは汚れてしわくちゃになった紙幣を投げて渡された。
日本のサービスに慣れた私にとって、そのような接客を受けても文句ひとつ言わない中国人がとても不思議だった。当時は「中国人の客はそもそも従業員からのおもてなしなど望んでいないから必要ないのだろう」と思い込んでいたが間違っていた。望んでいなかったのではない、知らなかっただけだ。
中国では所得向上に伴う中間層が拡大しており、日本を訪れ本場の「おもてなし」を経験する中国人が広がりをみせている。日本政府観光局(JNTO)の統計によると、2013年には131万人だった訪日中国人客数は、2017年には736万人に達している(図表1)。2018年11月時点ですでに778万人とすでに昨年実績を大きく超えた。それに伴い中国人の日本に対するイメージも大きく改善している。
(図表1)訪日中国人数と対日印象の推移
(出所)対日印象は言論NPO・中国国際出版集団、訪日中国人数は日本政府観光局(JNTO)の資料を基に筆者作成
私の友人たちの多くが毎年日本を訪れ、帰国後には「日本は本当に素晴らしい国だ」と口をそろえる。特筆すべきはリピーターが多い点だ。マルチビザを取得して数か月に一度さまざまな地方を訪れている。よほど気に入らないと一つの国に何度も行かないだろう。日本に実際に足を運び、日本人と交流し、日本文化に触れあい、日本を気に入る中国人が増えている証左といえる。
事実、言論NPO、中国国際出版集団の共同の世論調査によると、日本に対し「良い印象をもっている/どちらかと言えば良い印象をもっている」と答えた中国人は、2013年に史上最悪の5.2%となったが、2018年には初めて40%を超え史上最高の42.2%を記録した(図表1)。
本場のおもてなしを知った中国人が、自国内でも気持ちの良いサービスを求めるというのは想像に難くない。
果蔬好の江明氏は「中国のこれからの20年は、ニューリテールの概念ではなく、技術の高度化の20年だ」、「私に言わせれば、小売りに新旧など存在しない」と、アリババ創業者の馬雲氏が提唱する「新零售(ニューリテール)」を否定。リアルのおもてなしにこだわった戦略で巨人に挑んでいる。
中国の「おもてなし」を支える日本のモノづくり技術
中国国内の元祖おもてなし店といえば、中国国内に300を超える店舗を構え、アメリカや日本を含むグローバル市場でも展開する、火鍋チェーン店の「海底撈(ハイディラオ)」だ。「サービス至上、顧客至上」を理念に掲げ、スタッフによる至れり尽くせりのサービスで顧客満足度を高めている。
海底撈スマート火鍋店の配膳システム。ロボットアームが食材をのせた皿をトレイに並べる。
私が初めて海底撈の店舗を訪れたのは2007年、中国の生活に慣れた私にとっては「過剰」と感じるほどの接客を受け驚いたのを記憶している。
待たせている客を飽きさせないために靴磨きやネイルサービス、パソコン利用も無料で提供し、「火鍋麺」を注文するとスタッフがダンスをしながら麺を延ばすショーなどのエンターテイメント性も兼ね備える。その後何度も店舗を訪れているが、いつ行っても大盛況。おもてなしを受ければ気持ちいいと感じるのは共通のようだ。
一方で課題もある。サービスの質を追求すると、顧客一人に対し割く時間が増えるためどうしても労働生産性が下がる。また、今後のワーカー減に伴う人手不足と労働コストの向上も懸念されている。
その課題解決に向け海底撈が頼ったのが、日本を代表するモノづくり企業パナソニックだ。海底撈とパナソニックは新会社を設立し、北京のCBDエリアにパナソニックの技術を用いたスマート火鍋店を2018年10月にオープンした。
中国メディアには「無人餐庁(無人レストラン)」と報道されているが、実際に店舗に足を運んでみると、入口での受付係、オーダー係など多くのホールスタッフが客の対応をしていた。さらにはトイレにも2人ほど配置されており、話題の店舗を一目見たいと訪れる客を案内するガイドまでいるほどスタッフは充実していた。
パナソニックの技術を使い自動化を進めているのが厨房、バックヤードで、中でもひと際注目を浴びているのが、ロボットアームを使った配膳システムだ。
0~4度にコントロールされた無人の冷蔵スペースでは、食材棚に約60種類の火鍋の具材が盛り付けられた皿が並べてあり、前列9台、後列9台の合計18台のロボットアームが設置されている。タブレット経由で客のオーダーが入ると、前列の9台が食材棚から皿を取り出してトレイに並べていく。食材が少なくなると、後ろの9台で補充を行う。
ベルトコンベアに載って運ばれたトレイは、最終的には配膳ロボットが顧客のテーブルまで運ぶ。皿には電子タグ(RFID)が埋め込まれており、在庫数や賞味期限の管理もデジタルだ。
高い鮮度が要求される肉などを除き、ほとんどの具材が工場で盛り付けられ店舗に運ばれている。使用済みの皿もそのまま持ち出され工場で洗浄される。これにより店舗の厨房にかかるスタッフを大幅に削減する事が可能となった。
これは購入を決定する際に人を介さない電子商取引(EC)や無人コンビニ、出前サービスなどとは発想が根本的に異なる。効率性を突き詰めるとリアルの店舗はインターネットには勝てない。それに対し海底撈は、パナソニックのテクノロジーを用いることでバックヤードなどの人員を極力減らし、顧客と直接接する現場の「人」の魅力を高めることで、得意のおもてなしで勝負をするという独自のスタイルを追求し成功している。
日本と中国の企業は、それぞれの持つ強みが補完関係にある。日本企業の省力化、自動化などのものづくり力は、労働力不足に悩む中国では威力を発揮するはずである。また、中国人が求め始めた「おもてなし」に関しては、日本企業は非常に優れたノウハウを持っている。
果蔬好のサービスやパナソニックと海底撈の提携事例から見えてくるのが、中国市場における日中両企業の共存の在り方ではないだろうか。
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