「認知症になった母親がお風呂に入ってくれず、困っています。元気なころはキレイ好きが自慢だったのに……。とにかく、お風呂に入ってもらうためのよい方法はないでしょうか?」

 介護相談では、「ベスト5にランクイン確実」な、悩まれる方が非常に多い問題です。

 そして、この問題を考えることは、「介護」で陥りがちな盲点に気付く、とてもいい方法だと私は考えています。

 盲点とは、「本当に困っているのは誰ですか?」という、介護の根本的な問題意識です。
 この場合はどうでしょう。そりゃ、お母さんだろう、って?

 結論から言うと、お風呂に入ってくれないで困っているのは“介護する側”のあなた。お母さんではありません。お母さんは別段困っていないから、お風呂に入らずに暮らしているのです。

垢で死ぬことはまずない、でもなぜ入浴を嫌う?

 理由はのちに述べさせていただきますが、私は「垢(あか)で、死ぬことはほとんどない」と思っています。

 “困っている”介護者の方については、「まずは温かく見守って。もし“お風呂に入らないお母さん”に会うのが辛いならば、いっそ、お母さんに会いに行かなければいい」と考えています。

 一方で、親を大切に思っているからこそ、お風呂に入ろうとしないことに心を痛める気持ちも、もちろん分かります。

 どういうふうに「親が心配だ」という気持ちを受け止めながら少しずつ介護のやり方を緩めて、ミッションや目的の調整をしていくのかを、お話ししましょう。

 まず、「なぜ、お母さんがお風呂に入らないのか」ということを一緒に考えるところから始めます。

 みなさんは、毎日の入浴を自然にこなしているかもしれません。でも、よく考えてみると、入浴という行為は、服を脱ぐ、髪の毛や体を洗う、湯船につかる、ぬれた体を拭く、服を着る、という、普段の生活とはすごくギャップがある行為で、しかも、スムーズにこなすにはけっこう段取りのある行為なのです。短時間の間に脱衣所、洗い場、湯船、脱衣所と場面転換もすごい。

突然「数学を勉強せよ」と言われるようなもの?

 これは認知症などの短期記憶障害を持たれている方にとっては、相当な恐怖心につながります。「髪の毛を洗ったのか?」「湯船につかったのか?」など、「今、自分は何をしていたのか?」ということを常に試され続けるからです。

 お風呂に入ったかどうかの記憶がない場合、「入ったことにしよう」と自分の中で取り繕ってしまうこともあるでしょう。人間は自分のメンタルに負荷が掛かることを、普通はやりたがりません。

 ピンとこない方のために、例を挙げさせていただきますと、私は理系の勉強が苦手なのですが、突然、知らない人がやってきて「サイン、コサイン、タンジェントからやり直して、三角関数を勉強しろ!」と言われるようなものでしょうか。それが、今の生活に関係ないならば、「何をいまさら」と思うし、率先して勉強しようと思わないですよね。これと似ているかもしれません。

続きを読む 2/3 脱衣所まで来て「本日はここまで」も当たり前

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