母が自宅での暮らしにこだわった理由

 母は、認知症の父が施設に入所して、要介護で独居となっても、訪問ヘルパーや福祉用具をフルに利用して、それまで暮らした家での生活にこだわっていました。

 その一方で母は、育児やこれまで父親の介護をしてきた私に、自分(母親)の介護までさせたくない想いや、そもそも、私と母は性格的な面で合わないところもあり、物理的にも心理的にも一定の距離を取ることの大切さはお互いに心得ていました。

 私が、川内さん的に言えば「母が安全に暮らせるのか、という、自分の不安を解消するために」同居を提案しても、母は利点よりも欠点が多いことを見抜き、拒否しました。

 時間を拘束される“デイサービス”の利用も、ご近所にたくさんいる母の友達が、しょっちゅうお茶を飲みに来るような環境を手放したくない、という理由で拒否し続けました。

 母がデイサービスを嫌がる理由も、よく分かります。でも、パーキンソン症候群により、著しく低下した運動機能を心配するケアマネジャーは「お風呂だけは1人では危ないので、ヘルパーかデイサービスを利用してください」と訴え続けていました。

 私もそこはケアマネジャーに同意して、2人であの手この手を使い、時には衝突をしながらも、説得を試みました。それでも、なかなか首を縦に振らない母には、大きな理由があったのです。「お風呂は寝る直前に入りたい」という長年の習慣を変えたくないこと。そして何よりも、母のお腹には卵巣がんなど2回の手術でできた十文字のような大きな傷があります。私や友人が温泉旅行に誘っても「傷があるから、人とお風呂に入るのはイヤ」と気にしていました。

 「本人の気持ちを一番に考えよう」というケアマネジャーの助言で、一度は諦めたデイサービスの利用。それでも、こちらの気持ちを少しは察してか「半日タイプのデイサービスになら」と言ってくれて、見学の予約を1週間後に控えていたところで、母はこの世を去ってしまったのです。結果的に、母はデイサービスを利用しない、という意思を貫いたわけです。

 「もっと、早く、無理やりにでもデイサービスに行かせていれば……」と後悔したこともあります。一方で、その決断に半年も要するほど“嫌だったところ”へ行かせずに済んだ、と、安堵している気持ちがあることにも気がつきました。

母はどちらを幸せに感じたのだろうか

 “介護の要”を理解できていなかった、この連載に関わる前であれば、母が大切にしたかったことよりも、「同居をしていたら」「デイサービスに行ってもらっていたら」「ヘルパーさんにお風呂をお願いしていたら」と、自分が介護で後悔したくないための思いにしか目が向かなかったことでしょう。

 母の思いを自分の考えで押し切ることができれば、母は今も生きていたかもしれない。事故(お風呂での溺死は事故扱いになります)ではなく、天寿を全うして、病院のベッドで家族に見守られて、私が“イメージ”していたように、母の手を握り、看取る。

 母もそれを望んでいたかもしれません。一方で、娘の“イメージ通りの看取り”のために自分の希望を通せなかったとしたら、母はそれを幸せだと感じたのかどうか。

 こればかりは、母はもう、この世にいないので、正しい答えを知ることができません。要介護状態で一人暮らしを選んだ段階で、母なりにそれなりの覚悟をしていたのかもしれない。どんな思いを抱えていたのか、今は知る由もありません。

 正直、「一人で旅立たせてしまった」ということに、現時点ではまだ心の整理ができていません。

 どんなに悔やんでも、浴槽に浮かんだ、すでに逝ってしまった母を一番に発見したことが、私にとっての“看取り”という現実は変わることがないのです。

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