
「母親を看取ることができなかった私は、親不孝なのだろうか……」
私は、この問いに対して、なかなか答えの見つからない日々を過ごしていました。
いつもは川内さんのお話をまとめているライターの岡崎杏里です。
今回は、私の話にお付き合いください。
2020年12月、要介護2だった私の母が、自宅での入浴中に亡くなりました。
たった一人で、浴槽の中で最期を迎えていました。
自身も両親の介護の真っただ中(父の老人ホーム探しを書かせていただいたこともありました→「実録・父のために介護施設7カ所を一気に見学」)で関わることになった、この連載。毎回、自身の介護と照らし合わせながら記事をつづっています。
介護のその先にある「親の死」に関する内容にも触れることもありました。そのたびに、両親共に要介護状態だったため、常に自分の問題としても考えてはいましたが。
まさか、この連載中に、直面することになるとは。
さらに、母の最期を看取ることができないなんて。
それは私が“イメージ”していた、母との別れとはあまりにもかけ離れていたのです。
「同居すべきだったのだろうか」「私の母への介護は、何かが間違っていたのだろうか」など、母の死から間もないころは、自分を責め続けました。
母の死の様子を知った人から、
「親の最期を見送れず、また、お母さんも見送られることができなかったのは、お互いにかわいそうだったね」
といったような声をたびたび掛けられました。そのたびに深い心の闇に沈んでいく私。
ですが、ある日。
「お母さんは最期まで自分の思った通りに生きられて幸せだったね」
と、母の親友とも呼べる人が、私にそう声を掛けてくれたのです。
この声によって、私の中に「“最期を見送れない、見送られない”のは、本当にお互いがかわいそうなのだろうか?」という疑問が生まれてきたのです。
私はこの連載から“介護の要”は、「介護される人の気持ち、望むことを大切にする」ということだと学んできたつもりです。
以下に述べる私の考えに対して、「ただの言い訳だ」「自身の介護を正当化している」と受け取る方もいるでしょう。価値観はさまざまですし、実は私自身も、今なおそちらに気持ちが動いてしまうことがあります。
皆さんがどう思われるのかは分かりません。以下、淡々とこれまでの経緯と、自分の気持ちを綴らせていただこうと思います。
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