「家族が“直接”介護しない」ほうが、親孝行も介護もうまくいく。
介護現場で10年ほど働き、いま1年間で約450件の介護相談を受けている経験を通して、私なりに考えた家族介護の基本スタンスです。
しかし、「自分ができる限り近くにいて“直接”オムツ交換などの介護をすること」が、親孝行であり、介護のあるべき姿だ、と考えている方が多いことも事実です。
これほど家族構成や時代が変化しても、DNAに埋め込まれているかのように変わらない。
私はこれを“親孝行の呪い”ではないかと考えています。
新型コロナ禍は、これまでの生活が一変するようなインパクトを我々の社会に与えています。家族との関わり方や死生観などを、改めて考えられた方も少なくないはずです。今だからこそ、介護と密接な関係のある“親孝行”について、もう一度考えていただきたい。今回はそんなお話をさせてください。
コロナ禍で深まった“親孝行の呪い”
当法人「となりのかいご」では、2020年4月28日から5月11日に、介護経験者や介護離職経験者、1600人を対象にインターネットで行った調査(『介護離職白書-介護による離職要因調査-』 ダウンロードはこちら)を実施しました。
今回はこの調査結果から見えてきた、「介護」と「親孝行」について、私の考えをお伝えできればと思っています。
『介護離職白書 -介護による離職要因調査-』より、以下同
グラフをご覧ください。
コロナ禍で「介護サービス利用頻度が減った理由」について質問をしたところ、「現在の社会情勢を踏まえて自粛した方がいいと判断したから」と答えた人が、介護離職経験ありでは77.8%、介護離職経験なしでは67.8%と、いずれも非常に高い数値となっています。
介護事業所側が利用の抑制をお願いしていないのに、要介護者家族がサービス利用を自粛する。このリスクについては、前々回のコラムで私なりの考えを述べました。
この数値は、コロナ禍の影響で“親孝行の呪い”がいつにも増して作用した結果だと考えています。
今までは「親の介護をしたいけれど、自分は仕事に行かなければならない、申しわけないけど直接の介護はできない」と考えて、本人の気持ちとしては「やむなく」介護サービスを使っていた。ところが、出勤制限やテレワークが導入されることで、自宅に居て親の面倒を見る時間ができた。そこで、ケアマネジャーに相談することなく、介護サービスを減らして家族で直接介護を始めてしまうのです。
“呪い”が阻む包括への相談
「福祉系機関・サービス認知及び利用状況(複数回答)」という、自分が知っている介護関連の機関やサービスを答えてもらう設問では、このコラムではすっかりおなじみの「地域包括支援センター(以下、包括)」について、介護経験者の64%はその存在を知っていて、39.7%が実際に利用したことがあると答えています。
そもそも、家族の介護に関わっている人ならば(できれば、関わる前から)、包括は100%知っていてほしい機関なのですが、それも約6割にとどまっているのが現実でした。さらに「利用したことがある」のは、約4割だけ。
このコラムでも繰り返しお伝えしていますが、包括とは、家族で介護を「始める前」から接点を持つことが重要です。
高齢の親を持つ家族は、包括と連携して介護予防の健康体操や地域独自の高齢者見守りの取り組みなどの情報を収集しつつ、いざ、となった際には最初から外部サポートを頼ることが、親にとってスムーズな介護生活への移行と、穏やかな生活につながります。
なぜか。最初から外部サポートを頼らず家族が直接介護を始めると、親の側にはよくない意味での家族への「依存」が生まれ、家族の側にも「親は自分が面倒を見ないと」という依存が生じます。こうなると、外部の力を頼ること自体に心理的な抵抗が発生します。
介護は体力気力を大きく消費します。客観的に見られない自分の親ならばなおのことです。最初は何とか対応できても、作業量が増えていくと家族では対応できなくなります。そうなってから外部サポートを頼ろうにも「これまで通り家族にやってもらいたい」と親が強く拒否すれば、なかなか「それでも」とは言えません。疲れ切ってしまうまで家族が介護を続けたとしても、無理を重ねた家族の介護では、親にとって穏やかな生活とはなりません。
早期に包括を活用する機会を失うと、外部サービスの導入が後手後手になっていきます。家族が施設に入れようとすると、親は「子どもが私を見捨てようとしている」などと誤解し、家族関係が崩壊しかねません。最悪の場合は、介護している人が倒れて、極限の状態から強制的に外部サービスが入ることもあり得ます。
外部の助けを借りる効果は、理性では分かっているのだが……
優秀なビジネスパーソンであれば、「異分野・異業種」に進出するならば、専門家の力を借りて早期に問題解決することが重要だということがお分かりだと思います。
「要介護者に関わる介護は、他人でなく家族で行うべきだ」という質問に対しては、「まったくそう思わない」が19.3%、「そう思わない」が56.4%、つまり、7割以上の人が「家族だけで介護を行うべきではない」という認識があるようです。
一方で「介護を自分の手で行うことは親孝行になる」という質問には、「そう思う」が56.5%、「とてもそう思う」が8.3%と、6割以上の人が「親孝行=介護を自分の手で行うこと」と考えていることも分かりました。
「親の介護も専門家の力を借りるべきだ」ということは分かっている人が大半なのです。しかし、自分で介護したいという思いも強い。まして親にそう望まれたら……。
この矛盾や、包括を初めとする介護機関やサービスを知っていても「利用したことがある」人が少ない原因は、“親孝行の呪い”によって包括へ相談するまでの心理的な壁が存在するためだと考えられます。
親孝行の呪いは、「親(の介護)に対してはこうするのが当然」という、深いレベルでの思い込みです。そこで、より具体的に分解してみましょう。「こう考えていたら、あなたも呪いがかかっている」と考えてください。
- 親の介護はできる限り家族ですべき。まだ相談しなくても大丈夫だろう
- 親の説得は家族がすべき。親が納得しないと包括に相談も介護サービスの利用もできないだろう(実際は、包括への相談は本人の許可がなくとも可能です)。
- 親の許可を得ていない。
- 親は私の介護を望んでいる。
- 親が外部のサポートを嫌がるかもしれない。
“親孝行の呪い”がかかった状態で外部サービスを使おうとすると、上記のような考え方が浮かんでしまい、早期からのサービスの利用に及び腰になるのです。
結果、家族での介護を始めてしまい、外部の力を借りるのが遅れ、気がついたときには介護離職を考えるようになってしまう。
具体的に何年後にそのタイミングがやってくるのかについても、調べてみました。
仕事と介護の両立は約2年で限界が
800人の介護離職経験者に対して「介護を始めて何年未満で介護離職をしたか」との質問をしたところ、46.8%が「介護が始まってから2年未満に“介護離職”をしている」ことが分かりました。
ひとつの目安ですが「2年」が限界が訪れるラインと考えることができそうです。
逆に言えば、介護が始まってから2年以内に外部の力を借りて、安心して任せることができる介護体制を構築することが重要です。介護離職リスクの高い時期を乗り越えることができれば、介護離職を防げる可能性が高い、ということです。
なお、これは「2年間は家族で頑張れ」という意味ではまったくありません。この期間が短ければ短いほど、親は穏やかに介護生活に入ることができ、子は安心して働くことができ、企業は貴重な戦力を損なわずに済むのです
ケアマネジャーには自分の仕事の話もしよう
介護経験者の56.1%が、「介護に関する相談先」に「ケアマネジャー」を挙げています。これは兄弟や配偶者などの身内と比べてもダントツに多い数値でした。これはたいへん結構なことだと思います。
ただし、です。ここにもどうも誤解があるようなのです。
介護のキーパーソンとなったビジネスパーソンが「介護に関係ないことは話してはいけない」と考えてしまい、ケアマネジャーの仕事の1つでもある“家族支援”が行き届かない事例をたくさん見てきました。
これはぜひ改めるべきです。どうかビジネスパーソンの皆さんのほうから、自身の生活環境も含めて情報提供をしてください。ケアマネジャーは仕事と介護の両立を応援してくれるはずです。そもそも、そこまでがケアマネジャーのお仕事なのです。
もちろん、ケアマネジャーにあなたの仕事の細部まで理解してもらう必要はありません。仕事と介護の両立の応援、というのは、「介護に意識を取られず、仕事に向かえる精神状態を維持する」お手伝い、ということです。
たとえば、こんなケース。
自分の親が要介護状態になったとき、“親孝行の呪い”と同じくらい高い心の壁に「元気だったころのお父さん、お母さんのイメージが捨てられない」というものがあります。
「もとの親に戻ってほしい」という自分の気持ちに駆り立てられて、認知症が進んでいる親に、算数ドリルを無理やりやらせてしまい、お互いにストレスをため込んだ結果、子どもは言うことを聞かない親に手を上げる。介護をしている子どもは、「親を殴ってしまった。でも、自分は、こんなに親のことを思っているのに…」と悩みが深まっていきます。完全に親孝行が空回りしている状況です。これでは仕事どころではありません。
受け入れがたい親の変化を受け入れていくためにも、プロであるケアマネジャーの存在は重要になります。なぜなら、プロとしての冷静な判断をしながら、介護する家族とともに要介護者である利用者の思いをかなえるために「今、優先すべきことは何か」を一緒に考えるのが、ケアマネジャーの大切な仕事だからです。
ときには、ケアマネジャーから介護する家族にとって耳が痛いことも言われるかもしれません。親の介護度が上がっていくこともあるでしょう。それでも「うちのお父さんもそういう段階になったか。でもケアマネジャーのサポートで生活は落ち着いているし、何かあったときはまた相談に乗ってもらおう」と、信頼関係をベースに安定した精神状態でいられれば、仕事にも大きな影響はないはずです。
そのうちに「元気だったころのお父さん、お母さんのイメージが捨てられない」という心の壁を少しずつ越えて「自分が元気に働いていることが、何よりも重要な親孝行」と思えるようになると思います。
介護が必要になったときこそ、本当の“親孝行”を
「あなたはどんな顔を、親に見せていますか」
いつも怒った顔で介護をしていませんか?
介護されている親も辛い顔をしていませんか?
“親孝行の呪い”に縛られ、ベッタリ親の隣に張りつき、夜も寝ずにオムツ替えをして、心身ともに疲弊する。それが、本当に親孝行なのでしょうか。
繰り返しになりますが、介護が必要になっても、仕事も含めた自身の生活を大切にした程よい距離感を維持するために、早い段階から外部サービスを利用して、無理なく関わること。
それによって「いい顔」で親の前に立てることこそ、一番の親孝行。
私はそう考えています。
この記事はシリーズ「介護生活敗戦記」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
Powered by リゾーム?