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 岡崎さんの例で言えば、要介護の父親がインフルエンザになり施設から自宅に戻されてしまった。母親も要介護状態、夫は海外出張中。自分が面倒を見るしかない、と、インフルエンザに罹患するリスクを感じながら、お子さんを連れて実家に帰ったそうです。

 介護も育児も、健康や命に関わる判断を迫られることがあり、「ダブルケア」はその両方の判断を背負うことになります。それが大きな心的負担になることは言うまでもありません。

育児は家族が、介護は他人がやるべき理由

 おむつ交換や食事のケアなど、よく「『介護』と『育児』は似ている」という声を耳にします。でも、特に幼いときの育児は(それでも無理のない範囲で)家族が関わる時間を持つことが大切ですが、介護は逆です。

 介護は、すでにできあがっている「親と子」の関係性を維持するために、適切な距離を保つべきです。距離を開けることによって子どもは、親の老いを受け入れることができます。そのため、プロに介護をアウトソースすることが重要なのです。

 育児は、子どもと親との愛着を形成するために、周囲の力を借りながら仕事や自分の時間を持つことも大切にしながらも、直接関わる時間を持つことが重要で、親はそこから「子の成長」という大きな喜びを得ることができます。

 また、育児は直接的な世話は成長とともに減っていきますが、介護は逆に老いの進行によって負担が増えていきます。

 つまり、互いの関係性を大切にするために優先すべきなのは明確に「育児」です。「介護」ではありません。

 「そうはいっても、親を見捨てられない」と言う方もいらっしゃいます。

 そう言いたくなる気持ちはとてもよく分かります。しかし、距離を開けることは見捨てることとはまったく違います。当連載でもお伝えしてきたように、外部の人間が入ることで、むしろ親にとって適切な介護が受けられるようになるのです。

 なにより「介護」は、懸命に関わりすぎてしまうと、親がその支えに依存して自立を阻んでしまうこともあります。

ダブルケアにすんなり陥ってしまう

 実家での出産には、ダブルケアに「自然に」陥ってしまう要素が山のようにあります。

 「子どもがいると親が喜ぶ」
 「(特に初めての)出産は不安が多く、母親が近くにいてほしい」

 などの理由から、いつの間にか直接の介護を担ってしまい、一度協力すれば当てにされ、その状況から抜け出せなくなってしまいます。最悪の場合、里帰りの介護が問題となり、生まれたばかりの子どもを抱えて離婚してしまうケースもあるそうです。