全4689文字

 そうです。正解は「介護は家族がやってはいけない。速やかに地域包括支援センター(包括)に連絡せよ」です。

 しかし、ひとたび家族が関わって介護をスタートさせてしまうと、肉親の情や「親の面倒を子どもが見るのは当たり前」といった“常識”に縛られて、外部のサポートを入れるのは難しくなってしまいます。

 娘が実家に “出産”というおめでたいことで帰ることに反対する人はいない。
 実家で要介護状態の親を見た子どもが「自分も協力しなければ」と思うのは当たり前のこと。
 そして、「家族介護とはどういうものなのか」を学んだことがなければ、子どもが介護要員に加わることを止める人は誰もいません。

 むしろ、周りからは「お父さんは喜ぶし、お母さんも助かるわね」と褒めたたえられ、自身も「親孝行」という一見“ベストな選択”をしたように思うことでしょう。

 表面的には美談に見えるゆえに、止める人も気づく人もいないまま、“介護のエアポケット”へと落ちていくのです。

 家族だけで介護を始めると、外部への相談やプロのサポートを受けようという発想ができなくなり、育児と介護の大きなストレスがのしかかってきます。虐待や一家共倒れという介護の負のスパイラルが待っているかもしれません。
 そして当然、育児にも大きく影響が出てしまいます。

「ダブルケア」という言葉を知らないまま深みに

 先に挙げた例の「『育児』と『介護』」のように、家族や親族の複数の人間のケアに携わる状態を「ダブルケア」と呼びます。2012年から実態の調査研究を続けてきた、横浜国立大学相馬直子教授と英ブリストル大学山下順子上級講師による造語です。

 晩婚化や高齢出産の影響により、私が企業内で行っている個別相談でも「ダブルケア」に関する相談が非常に増えてきています。

 実はこの連載をまとめてくれている岡崎杏里さんも、ご両親の介護と幼い息子の育児を同時に行っているダブルケアラー(ダブルケアをする人)です。

 彼女はライターとして多くのダブルケアラー当事者の取材をしていますが、当事者の多くがダブルケアという言葉を「知らなかった」と言っていたそうです。

 取材で岡崎さんがよく聞く言葉は「同じような状況の皆さん、どういうふうにしているんでしょうね?」というものだそうです。「親も子どもも大切。でも、辛い」と感じていますが、ダブルケアを「解消すべき状態」と認識することができず、「なんとか乗り越えなくてはいけない」と考えている。そこで「他の人はどうやっているのだろう」と、岡崎さんに質問するのです。

 人間は、厳しい状況になればなるほど、それに耐えるために「これは自分が背負うべきこと」という思い込みを強め、外部の支援や意見を聞く柔軟性を失っていきます。

 この状態を赤裸々に語っているのが、当コラムを始められた松浦晋也さんの介護奮闘記『母さん、ごめん。』です。科学ジャーナリストである松浦さんは、極めて献身的かつ合理的に自ら母親の介護を行いながら、徐々に精神的に追い詰められ、ついに弟さんが介入するのですが、そこまで行かないと外部の支援に頼ることを“思いつけなかった”のです。

 ダブルケアラーが肉体的、心理的に苦しいことは理解できると思いますが、さらに辛いのは、「『介護』と『育児』をてんびんにかける」状況が発生することです。