今は介護とは無関係な生活を送っている。けれど、いつかは親の介護をすることになるんだろう……。
親御さんが健在の方ならば、“身内の介護”については、少なからず想像したことがあるのではないでしょうか。ところが、親でも、親戚でもない、“赤の他人の介護問題”が、いきなり降りかかってくることもあるのです。
「管理人が勝手に部屋に入ってくる!」
分譲マンションに住み、そこの理事長を務めるHさん。同じマンションで一人暮らしをする80代の男性からこんな苦情が入りました。
「マンションの管理人が、自分の家に勝手に入り込んでくるんだ!」
驚いて管理人に確認すると、そんな事実はないと言います。「そもそも、管理人がお預かりしているカギでは、個々の住宅のドアを開けることはできないんです」と。それを男性に伝えても、「でも、何回も入り込まれて本当に困っている」と繰り返すばかり。
話し合いを重ねても、一向に問題は解決しません。一人暮らしなので客観的な情報も乏しく、らちがあきません。そしてふとHさんは、「もしかしたらこの男性は、認知症なのではないだろうか?」と、気がついたのです。
ご存じの通り、この連載ではずっと「親が認知症ではと思ったら、すぐに地域包括支援センター(以下、包括)に連絡を」と訴えてきました。
でも、親でも親戚でもない「他人」についての相談を、包括に持ち込んでいいものなのか。しかも、「認知症では」という内容で。
困り果てたHさんは、私に相談を持ちかけてこられました。
企業の個別相談でも、こういった“赤の他人の介護問題”について相談を受けることがあります。また、逆のパターンとして「親が住むマンションの住民から、親に関する苦情の連絡を受けた」という方もいらっしゃいます。
今、なぜ、こういった相談が増えてきたのでしょうか?
例えば一軒家で、長くその地域に住んでいる方ならば、「洗濯物が干しっぱなしだけど、大丈夫かしら?」など、ご近所さんが外観で変化に気づき、地域で対策を考える機会もあるでしょう。
コミュニティが希薄な共同住宅に、地縁もない一人暮らしの高齢者が住んでいるケースは少なくありません。地域の人との交流の場でもある町内会に加入していないことも多く、何かに困っていても、孤立したままでSOSが出せない。
たとえ、地域や行政が「あの人は困っているのでは?」と認識していても、マンションの入り口に設置されているオートロックが、支援する側にとって、訪問して様子をうかがい知ることを困難にしてしまう大きな壁となっています。
松浦晋也さんも強く訴えられていましたが、支援は、早く行えば行うほど、サポートする側にもされる側にも負担が小さくて済みます。オートロック付きのマンションは、プライバシーを守れる一方で、支援の初動が遅れがちな建物なのです。
他人どうしでも、包括に相談はできる
では、共同住宅内の「赤の他人」の異常に気づいた際にどうするのがよいか。川内のアドバイスは、以下の通りです。
1.マンションの管理会社に相談
まず、マンションの管理会社に相談してみましょう。管理会社には、マンションで起きている問題を把握しておいてもらう必要があるからです。
超高齢化社会となった現代において、管理会社のほうですでに同じような事例に対応している可能性もあるでしょう。また、対応の仕方により、管理会社のスキルや「やる気」を見ることができます。前向きな管理会社(または担当者)であれば、自ら包括に連絡・相談をしてくれます。
2.(管理会社の対応がイマイチだったら)お住まいの地域を担当する“地域包括支援センター”に相談
どうも動きが悪い、と思ったら、ご自身で相談することも可能です。
「お住まいの住所(町名まで)<スペース>地域包括支援センター」と、ネットで検索すれば “自分が住んでいる地域を担当する地域包括支援センター”を知ることができます。電話でかまいませんので、連絡してみてください。
包括に相談するとどうなるか、これは復習ですが改めてご説明しますと……。
相談者から現状をヒアリング→高齢者のもとへ訪問(そこで認知症の簡易検査=口頭試問をすることもあります)→必要な福祉・支援につなげる
となるはずです。
相談は、もちろん匿名でも可能です。「マンションの同じフロアに気になる高齢者がいる」というようなちょっとした心配事を伝えておくだけでもいいのです。
早期発見で、心を閉ざす前に支援を
包括の存在を知っていても、「家族の介護が必要になったら相談に行くところ」と思われている方がまだまだ多いようです。ですが、こういった地域のお困りごとの相談に乗ることも、実は仕事のうちなのです。
忙しそうだし、迷惑なのでは、と思われる方にひと言申し添えますと、はい、たしかに包括の方は忙しいのです。一般的に包括は、人口3万人に1つの割合で設置されています。しかし、そこで働く職員は5~6人。単純に計算して、5千人を1人の職員で対応していることになります。
そのため忙しいわけですが、逆に言えば、早期対応が重要な地域の高齢者の問題に、なかなか気づけない。地域の人が、「高齢者のお困りごとの早期発見に協力してくれる」というのは、むしろとてもありがたいことなのです。
もっと言えば、支援をする側からしますと、「問題を抱えている一人暮らしの高齢者が部屋に引きこもる状態」は、栄養不良や運動不足、心理的な閉塞感を引き起こすため、時間がたてばたつほど問題が大きくなり、解決が難しくなります。
相手が心を閉ざしてしまえば公的な支援を介入させることも難しくなります。最悪の場合、誰かがようやく気づいたときには“孤独死”をしていた、ということもあり得ます。
早い段階での「問題を抱えている一人暮らしの高齢者」の情報は、支援側にとって助けになることを、ご理解ください。
包括に出てきてもらうことは、別のメリットもあります。一人暮らしをしている高齢者の子どもなどに、赤の他人であるあなたが直接「これこれで困っている」と相談を持ちかけていたら、やはりいい気分にはならないでしょう。
そして連載でも触れましたが、子どもにとって、「親の老い」は受け入れがたいものです。
まして、親と一緒に住んでいなければ、あなたの話を信じるのは難しい。結局「そんなはずはない!」「家の問題に余計な口出しをするな!」と、話が進まなくなってしまう。実際にそんな例もあります。
客観的な第三者として、包括が間に入ることで、子どもの側にとっても状況が受け入れやすくなるのです。
自分の親がマンションで問題を起こしていたら……
子どもの話が出たところで、今回、相談を受けたHさんとは逆の立場も考えてみましょう。もし、マンションで一人暮らしをしているあなたの親が問題を起こし、住民から苦情が来たら………。
「親が人様に迷惑をかけている!」という強いプレッシャーがどうしても発生するため、こちらのケースのほうが「家族として自分がなんとかしなくては」と思ってしまう方が多いようです。それは、仕事ができるビジネスパーソンであれば、なおさら……。
しかし、このケースでも、正解は、まず包括に相談を持ちかけること、です。
すぐに、親が住んでいる地域を担当する包括に相談をしてください。そして「離れて暮らしている」「仕事をしている」「育児中」など、自分で対応することが難しい事情を詳しく話してください。その状況に合わせた介護体制づくりのアドバイスをしてもらうことができます。
地域包括支援センターは、コミュニティの再生も担う
最後に、絶対に勘違いしていただきたくないことがあります。包括は、相談をすれば「困りごとを目の前から消してくれる」ような組織では「ない」ということです。
社会の変化に伴い、家族や地域コミュニティでは支えきれない介護の問題をアシストする組織ですが、これまた連載の冒頭に申し上げた通り、彼らはあなたの介護の「下請け」ではありません。あなたと「対等に組んで」、力を貸してくれる非常にありがたい存在です。
包括は、超高齢化社会や核家族化が進む現代において、失われつつある地域のコミュニティを再生させる一翼を担い、地域の皆さんとともに、地域のお困りごとに寄り添ってくれる、非常に心強い機関。そのように私は考えています。
地域と相互に支援し合う関係をつくるために、包括は介護に関する勉強会や講演会などを地域の回覧板や掲示板、インターネットなどを通じて多くの情報を発信しています。ところが、今後、介護問題を抱えることになるであろう、一番関わりを持ちたい40~50代の多忙なビジネスパーソンには、その役割が伝わっていないのが現状です。
ある小学校では総合的な学習の時間に、福祉をテーマに取り上げ、包括や介護施設の職員を講師に招いていました。そこで、講師となった彼らは「おうちに帰ったらお父さんやお母さんに、『包括』のことや場所を教えてあげてください」と、切実に伝えていました。
そういう意味では「マンションの同じフロアに気になる高齢者がいる」と包括に相談することも、ご心労は察しますが、大変前向きで意味があることだと思います。包括への小さな働きかけが「住みやすい地域=コミュニティの再生」につながり、将来、自分が年を重ねたときに安心して暮らすことができる社会になっていく。長い道のりですが、歩き始める価値はあるのではないでしょうか。
この記事はシリーズ「介護生活敗戦記」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
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