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 こうなってしまうと、人に助けを求めるどころか、意見を聞かなくなり、心配されても「大丈夫」と言い張り、最終的には介護する自分が倒れてしまう。もしそうなったら、奥さんはどうなってしまうのでしょうか。私が一番恐れているのはそれです。

 このように、客観的に見ると「大丈夫ではない」状態にどんどんハマってしまうのは、連載の最初の方でも申し上げましたが、「有能な男性のビジネスパーソン」が多い。

 特に、人に相談することが苦手で、なんでも自分で引き受けがちな方は、要注意です。

 介護のプロであるケアマネジャーがこの事態を止めることが期待されますが、ケアマネはあくまで、ご家族から「依頼を受ける立場」です。お父様、お母様のためにも、ご自身の介護負担を減らすべきです、と提案しても、「それは自分の意に反する」と反論され、あるいは「あの人はオレの介護のやり方の批判ばかりする!」と、担当を代えられてしまえば、それまでです。

 介護が必要な人のことを思えば、ケアマネは契約を解雇される事態は避けつつ、粘り強く話し合うことが望ましいのですが、それには心身ともに大変な労力を要します。その利用者だけを担当しているわけでもありません。そうなると、穏便にことを運ぼうと“イエスマン”になってしまうこともあるのです。そうなれば、事態はどんどん深刻になっていきます。

優秀なビジネスパーソンでも洗脳されている

 この状態もまた、ビジネスシーンに置き換えて考えることできます。会社の経営を立て直すためにコンサルタントが入ったのに、会議でガンガン攻撃してくる役員にお手上げとなってしまい、イエスマン化して、経営を立て直すところか、ますます状態が悪くなっていく……。

 介護に必要なのは、冷静なプロの目であり、「自分でやる」という思い込みから逃れることです。「大丈夫」と返ってくる言葉を信じていると、ビジネスでも、介護でも、取り返しのつかないことになることが多いように思うのです。

 それにしてもなぜ、優秀なビジネスパーソンでもこんな罠に陥ってしまうのか。

 自身でもうすうす「大丈夫ではない」と気づいていても、人に聞かれたら「大丈夫」と言ってしまう。その背景には、知らず知らずのうちに皆さんが“介護的洗脳”を受けているという現実があります。

 “介護的洗脳”とは、私が考えた言葉ですが、“社会的規範” “病院の担当医” “親”などから、 「どんなに大変でも介護は家族がするもの」と刷り込まれ、自分でも気づかぬうちに、それが当たり前だと思ってしまうことです。