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 もちろん、これは厄介な問題です。親もきょうだいも自らSOSを出さないし、親のサポートさえあれば問題が顕在化しません。そのため「ちょっと厄介で、接触したくない親族」として、あたかも存在しないようにして日々を過ごすことも可能です。誰が好き好んで面倒をひっかぶろうとするものか――。

 その気持ちはものすごく理解できます。私も普通の人間ですから。当たり前の感覚だと思います。

 それでもなお「あなたに動いてほしい」と訴えるのは、もちろん家族愛やモラルの問題もありますが、最大の理由は「早く動くほど事態の悪化を防ぎ、解決につながる」からです。これは介護とまったく同じです。当事者同士が絡まり合って動けなくなっていることがほとんどなので、外から光を(あなたが)当ててあげる必要があるのです。

見て見ぬふりで状況は確実に悪化

 状況はドミノ倒しのように悪化します。例えば、子どもによる経済的な搾取を受けて、親が介護サービスの費用を支払えない。そんな状況でも、老齢年金などを受け取っていれば、生活保護を受けることが難しい。必要なサービスを受けられないことで、親の体調が悪くなる……といったふうに。

 最悪のケースとして、引きこもりのきょうだいによって、介護が必要な高齢者に危害が加えられることもあります。こうなればケアマネジャーや地域包括支援センターが動きますが、危害を加えられていること自体を外の人が知ることが難しい。「8050問題」の事態が悪化していくのは、福祉が「早期に介入していくこと」が難しいため、とも言えるでしょう。

 しかし、身内に一人でも危機感を持つ人がいれば、解決に向けての突破口が生まれます。例えば、ケアマネジャーが把握できていなかった家庭の中のことを離れて暮らしているきょうだいが、状況を克明に伝えることがサポートのきっかけになります。

 親も同居する子どももSOSを出せないのならば、それに気づいたきょうだいや家族が代わりにSOSを出すしかありません。

 川崎の事件では、親族が川崎市の相談機関にたびたび相談をしていたということですが、すでにそのころには問題が複雑化し、支援が難しいものになっていたと思われます。

「公」に頼ることへのためらいは無用

 もうひとつ、介護もそうですが、こうした「家族の問題」を、「公」である福祉に頼るのは、「よくないこと」と捉えている方もいることでしょう。

 しかし、その結果として、ギリギリの状態になってから「福祉」が介入することになってしまいます。支援する側からしますと、「もっと早い段階からSOSを出してくれれば、こんなに困難なことにはならなかったのに……」というやるせなさと、福祉がまだ身近なものになっていないことを実感させられる瞬間でもあるのです。