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 お気持ちはとても素晴らしいと思いますし、資格を取得すること自体を否定するつもりは一切ありません。ですが、そこで技術とともに学ぶヘルパーとしての、介護のプロとしての、客観的な視点をもって親の介護ができるようになるかというと、残念ながら技術はプロ並みになっても、「いかなる場合も冷静さを維持する」ことだけはどうしても難しいのです。

 この辺りも前回で触れましたが、「プロの介護」の価値のコアでもある、「客観的な視点」とはどういうことなのか、実例でご説明しましょう。

「この人が卵にこだわる理由は何だろう?」

 ここでも私が介護の現場で体験したある例を挙げて説明させていただきます。

 認知症になってしまったお父さんは、冷蔵庫の中が卵でいっぱいなのに、スーパーに出かけては、さらに買ってきます。「買い物は自分がするから、父さんはしなくていいよ!」と何度言っても、目を離したすきにスーパーに行っては卵を買ってきてしまいます。しかも、購入するときに、スーパーの中で落として割ってしまうこともしばしばです。

 こういったことが何度も続くと、身内の人間は「お父さん、こんなになってしまって。しかも人様に迷惑まで掛けて……。」とイライラしたり、変わり果てた父親の姿に失望してしまいます。家族がそのような気持ちになってしまうのは、仕方がないことなのです。自分はその父親の元気だったころの姿を知っているし、幼いころから「いつも正しくあれ」と教えられてきた。その厳しかった父親が理解不可能な行動をする。父親に対する気持ちが土台から崩れてしまいます。

 家族は介護が必要な人の変わりゆく姿を受け止める続けることは難しく、また、介護される側もいつもイライラしている家族と接し続けることがつらくなります。

 一方、介護のプロたちは、元気だったころのしっかりした父親とは直接関わったことはなく、認知症という状態になって初めて父親の支援をすることになります。そこにあるのは、肉親の衰えではなく、言い方はひどいですが「認知症の人が示す行動の一つ」です。そこで「認知症の人がこういう行動をするのはどうしてだろう? きっと過去の記憶で卵に執着する理由があるに違いない」と、客観的な視点で考えることができます。

 ケアマネジャーは実際にこのお父さんに「卵がお好きなんですね? 何か思い出があるんですか?」と尋ねてみました。

 すると、「一人暮らしをしていたときに、料理ができない自分に『栄養満点の卵さえ食べていれば何とかなる』と母親に言われてね。初任給で最初に買ったのも卵だったんだ」という思い出話が出てきました。これが、お父さんが卵にこだわる理由だったのでしょう。認知症になったことを自覚し、不安の中で過ごす日々と、一人暮らしで不安だった日々が重なり、安心を求めて卵を買い続けているのかもしれない、という推測もできます。