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 2018年の夏、私が住む実家は、Gの襲来に悩まされた。

 いきなり文字面を見るのも嫌な人もいるかと思うので、Gと書いたが、ゴキブリのことである。

 ゴキブリにも天敵がいる。日本においてもっとも身近な天敵はアシダカグモだ。網を張らずにそこらを歩き回って昆虫を捕食するクモである。

 この家にはここ数年、1匹のアシダカグモが同居していた。

 かなり大きなクモなので、廊下や台所で出会うとぎょっとする。しかし、ゴキの天敵なのだからあわてて殺虫剤を噴射してはいけない。「やあ、こんにちは」と声に出してあいさつし、そっとその場を離れるようにしていた。母を介護している間中、室内でゴキブリを見ることは希であったが(なかったとは言わない)、それは彼(あるいは彼女?)が住み着いていたおかげだったのだろうと思っている。

 ところが、2018年の夏は、一度もこのアシダカグモを見かけることがなかった。調べるとアシダカグモの寿命は長くて5年ということなので、ああ、どこかで天寿を全うしたかと思っていたら、ちらちらとゴキブリを見かけるようになった。

 これはいけない。対G装備を充実させる。部屋の各所にゴキブリ取りを仕掛け、手元に殺虫剤を常備して、いつGが出てもも吹きかけられるようにする。

『母さん、ごめん。 50代独身男の介護奮闘記』

 そのうちに妙なことに気が付いた。ゴキブリは普通、台所や排水口の近く(排水溝をつたって家屋に侵入する)、生ゴミのゴミ箱近辺などに出現するものだ。ところが、この夏はどうしたことか、家の各所にまんべんなく出現するのである。こんなことは今までなかった。いったいどうしたというのだろうか。

 色々考えるうちに、私は40年近く昔の体験を思いだした。

 これは母方の祖父母にまつわるゴキブリの思い出である。旧い記憶ゆえ、思い違いも多々あるだろう。大筋、こんな体験をしたという程度に思っていただきたい。

夏の思い出が詰まった祖父母の家

 私の母方の祖父母は、茨城県土浦市の平屋の旧い日本家屋に住んでいた。祖父は海軍兵学校を出た元海軍軍人。祖母は筑波山の麓の大地主の末娘だった。家は私が子供の時点で築70年超と言っていたから、明治時代の建築だったのだろう。薄い杉板の外装で隙間風の入るような家だった。もとは海軍の下士官向け住宅だったとのことで、どういう経緯かは知らないが敗戦時に手に入れたものらしかった。祖母は「お父さんは士官だったのに、こんなボロい下士官の家に住まねばならないなんて」と孫の私にまでこぼしていた。

 が、私にとってはそのボロ屋がノスタルジーの対象である。それなりに広い庭があり、几帳面にして器用な祖父はそこに葡萄棚を作って葡萄を栽培し、芝生を張って丹精していた。