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 たいていの優秀な会社員は、仕事に対して目標を設定し、綿密なスケジュールを立て、自ら汗をかいて実行します。その「目標」は、ほとんどの場合「成功」「成長」という結果にリンクしているはずです。私も会社員だったころはそうしようと努めてきました(結果はさておきですが)。

 しかし、介護はこの連載で松浦さんが書かれていた通り、基本は撤退戦です。以前よりも収益が伸びる、貢献が報われる、そういう期待があるから現場はモチベーションを維持できるわけですが、介護では、むしろ「あきらめねばならないこと」が多々起こります。

 昨日より今日、今日より明日の成長を目指す仕事のメソッドとは違う方法論が必要です。もしかすると、事業や会社の整理などを経験した方には、理解が早いかもしれません(実は、私はこれを経験しております)。

 じりじりと悪化する状況を前提に置いたとき、もっとも必要なのは、その戦線を受け持つあなたが「最後の瞬間まで戦い抜く」体力、精神力を維持することです。

 そのためには、どうするべきでしょうか。

 普通に考えれば「1人でなにもかもやろうとせず、組織や社会の力を借りる。人に相談して悩みをわかってもらい、支援を受ける」のですが、これも、肉親が相手だと冷静に判断・実行するのは非常に難しいことになります。

 例えば、認知症になってしまった自分の母親を前にすると、なんでも「自分でやってあげる」ことに、どうしても価値を置いてしまいがちなのです。

母親への愛情ゆえに、真面目で有能な人が苦しむ

 「まさか」とお思いかもしれません。しかし、冷静さを失って、自ら介護士の資格を取ろうと勉強し始めた方を、私は何人も知っています(これは最悪に近い選択です。あとで理由をお話しします)。

 自分1人で介護を抱え込み過ぎた結果、「介護離職」に至り、そして介護している人の方が先に倒れてしまうこともあります。「介護の共倒れ」は、実際にたくさん起こっている悲劇です。

 でも、この暴走も母親を大切に思う気持ちからきていることなので、周囲はなかなか止めることができません。母親も、他人の世話を受けることへの不安から身内の息子を頼りにし、しだいに依存します。愛情があるからこそ、息子はその気持ちに応え、有能ゆえに綿密に計画を立て、自分の時間と健康を犠牲にしてもミッションを遂行しようとします。そして、母親がまだ自分で出来ていたこともやってあげるようになり、その結果、母親は自分でできることがどんどん減ってしまうのです。

 それだけではありません。息子は「元気なころの母親を知っている」だけに、母親の老いを自然なこととして受け止めることが難しい。仕事の課題を解決するように、母親の認知症を治そうと、リハビリや食事などをあれこれ試すことも多いのです。

 しかし、認知症は不可逆的な状況にあることがほとんどで、よかれと思って組んだ療法が、衰えた母親に過度な負荷をかけてしまうことになりがちです。息子は「成果が出ない。母親は真面目にリハビリしていないのでは」と感じ、一方、無理をさせられる母親は息子を厭い始め、親子関係が崩壊し、行き詰まった息子が母親に手を上げてしまう。そんな最悪のケースにもつながりかねません。

 これまた、介護の経験がない方には「そんなバカな」と思われるかもしれません。