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 久しぶりに書く介護の話は、ペットが主題である。

 昨夏、老犬ロンロンを看取った。誕生日が正確には分からないのだが、享年16歳3カ月ぐらいだろうか。人間の年に換算すると85歳ほどらしい。シーズーとテリアの雑種。祖母と父が存命時に我が家にやってきて、父母、母だけ、母と私、さらに母がグループホームに入り私だけ、という家族の変遷の日々を、人生の伴走者として付き従ってくれた。

 結論を先に書いてしまおう。「認知症の高齢者のいる家庭は、ペットを飼うといい」とはよく言われるところだ。実際、いいことはいっぱいある。一番のメリットは介護される側の精神が安定することだろう。

 しかし同時に難しいこともそれなりにある。飼おうとする場合は、個々の事情を十分に考慮してからのほうがいいだろう。

1984年からずっとペットがいた我が家

 まずは、我が家の前提条件となる父と母のペット事情を書いておこう。

 父母のどちらが「犬を飼おう」と言い出したかは忘れたが、最初の犬「アーサー」がやってきたのは1984年だった。私は大学生で、祖母も元気、そして兄弟3人全員が実家住まいの6人家族だった。

 アーサーは血統書付きのシェットランド・シープドッグ(シェルティという)の雄だった。さすがは牧羊犬のシェルティだけあって忠誠心旺盛でしかも慎み深い性格をしていた。餌が欲しい時も、決して吠えて要求などしない。すすっと近づいてきて、ちょんと鼻でこちらのひざを突っつくと、またすすっと下がっていて座り、大人しく待っている。

 一家6人がいつも誰かしらアーサーを構っているという状態で、犬も家族もとても幸せになった。

 私と弟が独立した後、1993年に今度は純白のノラ子猫が迷い込んできて、家族となった。物置に迷い込んでにゃーにゃー鳴いているのを母が不憫に思い、鰹節を与えたところ目の色が左右で青と黄色で異なる。一目見て気に入った母は、この子猫を飼うと決めてしまった。彼(そう、この子猫も雄だった)は、ノラ生活に馴染んでいたので、あまり言うことを聞かず、横暴な性格から「ゴンタ」と命名された。

 父は1997年から1999年にかけて、中国の大学で学生を教えていた。父不在中の1997年にアーサーが13歳で天寿を全うした。帰国すると父は「今度は中国の犬がいい」といい、血統書付きのシーズー犬を飼い、「ヤンヤン(陽陽)」と命名した。またしても雄である。ヤンヤンは驚くほど賢く、自分の意志がはっきりしていた。嫌なことは頑としてやろうとしない。散歩も嫌なときは歩こうとせず、近所では「散歩の嫌いなワンちゃん」というあだ名がついた。

 ヤンヤンを飼ってほどなく、父にがんが見つかり、闘病生活が始まった。その最中の2001年、家猫にはならずに好き勝手に表をうろついていたゴンタが――おそらくなにかの病気を拾ってしまったのだろう――8歳で帰天してしまった。

 さあ、これでペットはヤンヤン一匹か、と思った2002年の夏、病の小康を得ていた父が突如として「目が合ってしまってなあ」といって連れ帰ってきたのが、本稿の主人公となるロンロン(龍龍)である。街角に素人ブリーダーが子犬を出して、飼い主を探していたのだという。ペットとしては4匹目になるロンロンもまた、雄であった。