前回では鈴木さんの国際ライセンス取得が決定し、シーズンへ向けての練習走行中、不幸にも「ハイサイドで飛ばされて、残念なことに右足から落ちてしまって、結果、右足首を粉砕骨折」してしまったことを書いた。
構成上、事故原因を細かく書くよりも、鈴木さんのレースに対する思いや引退を決意するまでの心境の変化を詳しく書いた方が当欄にふさわしいと判断し、その部分を省いていたのだが、コメント欄にハイサイドに関する書き込みが多く見られ、読者諸兄の関心の高さがうかがえた。また個人的にメールでも、「事故の原因をもう少し詳しく知りたい」という趣旨のご連絡を何本かいただいた。こうした背景から、今回はハイサイド事故が起きてしまった大きな要因と思われる部分からお話ししよう。
ちなみにハイサイドとは、二輪車で激しくコーナーを攻めた際、タイヤがグリップを失ってズルっと滑った後、急激にグリップが回復して車体がガクンと起き上がる挙動を言う。レフトサイドでもライトサイドでもなく、ライダーが上部にポーンと投げ出されるからハイサイドだ。この動画を見てもらうと、その恐ろしさがご理解いただけよう。

鈴木オート 鈴木正彦氏(以下、鈴):テストが始まった段階で、ノービスのときのベストタイムとほぼ変わらないぐらいのタイムで走り始めたんです。とても幸先がよかった。このまま詰めていけば、そこそこの順位で戦える、という感触があった。さらに練習してタイムを縮めていった。確実に速くなっていったんです。
フェルディナント・ヤマグチ(以下、F):いいぞいいぞ。
鈴:いいぞ。こりゃいけるぞと。だいぶタイムが安定してきたので、タイヤを履き替えましょう、という話になった。
F:より軟らかいタイヤを履いて、さらにタイムを縮めていこうということですか?
鈴:いや逆です。もっと硬いタイヤを履くんです。スキルが低くタイムが遅いと、軟らかいタイヤがメーカーから出るんです。軟らかいタイヤのグリップは間違いなくいい。ただそれだけ減るのも早い。数周しか持ちません。Qタイヤなんていう予選用のタイヤなんて、それこそ1周持てばいいやという設計になっています。それまで履いていたのはQタイヤに近い、下手くそでもある程度タイムが出るような軟らかいタイヤだったんです。そのタイヤだと、持ちが悪いから交換頻度が高くなってしまう。
F:それだけピットインの回数も多くなってしまう。多少グリップは落ちるけれど、持ちのいいタイヤに替えて長く走れるようにしましょう、と。
「偉い人が履くタイヤ」を履けることに
鈴:その通りです。僕らの世界ではそれを「偉い人が履くタイヤ」と呼んでいます(笑)。そういうタイヤは剛性も高く、つぶして走れないので、速く走るのが難しくなる。
F:なるほどなるほど。コーナー進入時にタイヤをつぶした方が、接地面積が増えてグリップ力が増すということですね。
鈴:そういうことです。そのありがたい「偉い人が履くタイヤ」をBS(ブリヂストン)が出してくれることになった。そりゃ嬉しいですよ。自分の速さが認められたのだから。でもそのときの監督が走る前に言ったんです。「おい正彦。気をつけて走れよ。今までのタイヤとは全然性格が違うからな。路面温度も下がってきているから、条件も全然違うからな、気をつけて走るんだぞ」と。はい分かりました、と答えてまず1周。
F:まずは様子見の1周ですね。性格の違いを感じましたか。やっぱり滑りやすいな、とか。
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