:そうした声があることはもちろん承知しています。私が直接言われることもある。
 しかしホンダは決して軽とミニバンだけを造っている会社ではありません。
 ホンダのビジネスを俯瞰すると、まずは北米、それから中国とアジア圏における製造、販売が大きく伸びています。

F:「ホンダは北米市場で成り立っている」というイメージがありますね。

:その通りです。今までは圧倒的にアメリカです。でもこれからは違う。中国が伸びてきて、アメリカとほぼ同じボリュームになりました。台数ベースだと、今年は中国がアメリカを超えるでしょう。

F:えぇ! ホンダは中国でそんなに伸びているのですか?

:伸びています。アコード、CR-V、シビックなどのグローバルモデルがたくさん売れています。今年は間違いなく中国がアメリカ市場を超えるでしょうね。だから今のホンダは、まず北米があって、中国があると。そこからアジアがあって、その次に日本という順番です。しかもそれぞれ市場が違うから、同じクルマでは賄えない。北米の売れ線を日本に持ってきたって大き過ぎるでしょう。そういう背景もあって、日本の市場に対しては少し手薄になっていた……という事実はありますね。

F:なるほど。ではこれから手薄になっていた日本の市場に対して、テコ入れしていくお考えはありますか?

:もちろんテコ入れしていこうと思っています。しかしそれをどういう方向でやっていくか。今までと同じように、普通のクルマを出してもツマランという思いもあるので、いまその辺を探っているところです。

ホンダ広報梅田さん:この辺は慎重にお願いします……。

F:それじゃこれから、「やるじゃん、ホンダ!」というクルマが出てくる可能性があるわけですね。近々期待のHonda eも出てくるし、これは楽しみですね。どんなクルマが出るんですか?

ホンダ広報梅田さん:慎重にお願いします……。

:いろいろよくなる方向性が見えなくて……。Honda eにしても、それほど数がたくさん見込めるクルマではないので……。

本田技術研究所からホンダに開発部門を統合した狙いは

 ホンダの次世代車種の話になると、それまで軽妙洒脱に話してくださっていた三部さんが、急に口ごもるようになった。「決めあぐねている」と言うよりは、「今は話せない」ということなのだろう。

F:ここでガラッと話を変えて、本田技術研究所についてお話を伺います。昨年の二輪に次いで、今年の4月には四輪の開発部門もホンダ本体(本田技研工業)に統合されました。

 営業部門と開発部門を分けたのは、創業者である本田宗一郎さんの強い思いがあってのことと聞いています。いまこの時期に一緒にした狙いはどこにあるのでしょう。

:一番の狙いはスピードアップです。100年に一度の変革期は、スピード感がないと生きていけません。四輪は研究所の中でさらに分かれていて、本社側には購買とか生産とかがあって……何を決めるにしても時間がかかった。それぞれの組織がバラバラに決めて、またそれを合わせて調整して、というようなことをやっていた。本当は一番最初のところで一度にやっておけばよかったのに、わざわざ別々にやって、またわざわざ突き合わせて、と。そんなやり方は、今の時代に合わないだろう、ということです。

F:かなり昔の話になりますが、もともとは一緒だったんですよね。それを敢えて別会社にした。その理由は何だったのでしょう?

:公式に言われているのは、「会社の事業の浮き沈みによって、研究開発が左右されるのはよろしくない」ということです。本来研究開発は、常に安定して仕事に向かえる環境にあるべきだろう、と。だから事業と研究開発を分けたんです。

F:なるほど。売り上げの増減に合わせて研究開発費が上下してしまったのでは、エンジニアも安心して仕事ができませんからね。

:物の本によると、当時のベル研究所が、事業と研究開発を分けていたらしい。そんな事例を参考にしながら、ホンダも技研と技術研究所を分けたのです。当時としては画期的なことだったと思います。

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