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 6年半ぶりに生まれ変わったホンダのFIT。

 先代は徹底的に数字を追い込んで「機能価値」を追求した開発姿勢だったのだが、新型は顧客の真のニーズに向き合おうとする「感性価値」に大きく方針転換した。

 実際に運転してみると、そのドライバビリティは、誰が乗っても分かるくらいに大きく変化している。分かりやすく言うと、ドイツ車からフランス車へ変わったような印象だ。

 先代でサブリーダーを務め、新型では開発のトップであるLPL(ラージ・プロジェクト・リーダー)を任命された田中健樹さんは、開発に際し「先代は数字を追いかけた開発だったけれども、今度は数字じゃない“感性”で開発をしよう」と、決意したと言う。

 だがクルマは工業製品だ。感性だろうがエモーションだろうが、それを数字に落とし込み、図面にできなければ「生産」することはできない。

 そもそも感性とは何なのか。人によって大きく異なるし、それを言葉で表すのも難しい。
 放っておくと、私の記事のように「スゲー!」の一言で終わってしまう可能性もある。
 田中さんは、顧客のニーズをどのように吸い上げていったのだろう。
 そしてそのニーズを、どのように商品化していったのか。

 今回はその辺りからお話を伺っていこう。

本田技研工業 四輪事業本部 ものづくりセンター 完成車開発統括部 車両企画管理部 LPLの田中健樹さん

フェルディナント・ヤマグチ(以下、F):「数字じゃない開発をしよう」。田中さんの言わんとすることは分かります。でもそれを実現するのはとても難しいことですよね。感性なんて人によって大きく異なるものだし。

田中健樹さん(以下、田):そう。めちゃくちゃ難しい。僕ら最初は、ターゲットとするユーザーを定めて、そのターゲットに近いお客様に世界中でヒアリングして、いろいろな話を聞いて回ったんです。ええもう世界中で何度も何度も。それでもなかなか分からないんですよ。なかなか見えてこない。

F:客なんて好き勝手なことを言いますからね。安くて速くてカッコいいのをくれ、みたいな。クルマは吉野家の牛丼じゃないっつの(笑)。

:いろいろ話を聞いて、いろいろ考えていくうちに、本当に応えなきゃいけないのは、お客様の「潜在的なニーズ」だと思ったんです。

F:潜在的なニーズ。どんなイメージでしょう。

隠れたニーズを引き出す特殊部隊?

:潜在的なものだから、「何が欲しいですか?」と聞いてもすぐには返ってこないもの。簡単に言葉にはできないもの。お客様の行動とか言葉の端々から、「本当はこういうものが欲しいんじゃないですか……?」というような隠れたニーズ。僕らはそれを探らなきゃいけないと思っているんですけれど、なかなかそれが見つからなかった。

F:そりゃそうでしょう。言葉にできない裏側にあるものを、言語化しなくちゃいけないのだから、限りなく難しい。

:いろいろ迷って行き詰まっていたら、面白いところにたどり着きました。ウチの会社には面白い組織があるんですよ。「ヒトケン」って言うんですけれど。

F:ヒトケン? それはどのような……。

:人間のヒトに研究のケンで人研(ヒトケン)です。文字通り、人を研究するための組織です。

F:へえ! 面白い。そんな組織があるんですか。それは技術研究所のほうですか。

:もともとは技術研究所です。4月から本田技術研究所の四輪部門も本体のホンダ技研と一緒になったので、旧技術研究所、と言ったらいいのかな……。

F:先に二輪のほうが一緒になると聞きましたが、四輪も一緒になったのですか。何のための統合なんですか? もともとは本田宗一郎氏に「技術と営業は分けるべきだ」という強い思いがあったから研究所を分けたと聞きましたが、一緒にしちゃっていいんですか? ホンダイズムの否定にはならないのですか?

:話しましょうか。それを始めると一晩じゃ足りませんけど。