:その競争が終わって(当時のFITは、数カ月だけ燃費世界一のタイトルを取った。その後は、ご存じ2モーターのアクアに王座を奪還された)、じゃあ田中が4代目の総責任者をやりなさいと言われたときに、やっぱり心に引っ掛かっていた「そこ」から入ったんです。

 「あの無謀な軽量化は、本当にお客様のためになっていたのかな」、という思い。あれだけ苦労して、最大のウリであるリアシートもやめちゃって、アルミのボンネットまでやって、本当にお客様は喜んでくれていたのかな、と。僕らはお客様のバリューのために商品を開発しなきゃいけないのに、肝心のお客様は不在で、エンジニアが数字の闘いだけをやっていたんじゃないか、という反省から入ったんです。

F:いや、バリューにはなっていますよ。燃費は間違いなくお客のバリューじゃないですか。燃費がよくて困る客なんて、世の中に一人もいません。

:燃費がすごく大事なのは分かりますよ。でもそれだけじゃないだろうと。そのために便利なシートをやめちゃうのは間違いだろうと。

 「燃費のためなんだから」というのが、何か正義の旗印みたいになっていたんです。当時は僕もそれが正しいと思ってやっていました。だけどこういう立場になって、次のモデルを考えたときに、燃費に逃げないでお客様のニーズに正しく向き合わなきゃダメだなと思ったんですよね。

F:逃げないで向き合う。いいですね。

:だからそこから、「お客様が本当に求めているのは何だろう」というニーズ探しから入ったんですよ。

求められているのは機能だけなのか?

F:FITに対するお客さんのニーズは何ですか? やはりあの折り畳めるダイブダウンシートですか。

:確かにあれもお客様のニーズではあります。でも価値で言うと、「機能的な価値」だと思うんですよね。小さいクルマなんだけれど室内が広いよ、とか、シートが縦に畳めて荷物がいっぱい載るよ、とか。もちろん機能的な価値も大事なんだけれど、僕はそれだけじゃないだろうと思うんですね。お客様はもっとこう、「感じる部分の価値」を求めているんじゃないかと思ったんです。

F:機能的な価値ではなく、感じる部分の価値。

:そうです。お客様はもっと、情緒的な価値を求めているのではないかと。

F:情緒的な価値、ですか?

:はい。僕らはそれを、「感性価値」と呼んでいます。先代は数字を追いかけた開発だったけれども、今度は数字じゃない開発をしようと。

F:分かります。分かりますけど、それはめちゃくちゃ難しくないですか。だって感性って人によって大きく違うのだから。

:そうです。めちゃくちゃ難しいです。フェルさんの言う通り、感性は人によって全然違う。しかも感性っていっぱい種類がある。お客様によって求めるものも違う。

 機能的価値から感性価値へ。何かホンダっぽくていいじゃないですか。  面白くなってまいりましたが、そろそろ会社へ行く時間です。
 このお話は次号へ続きます。それではみなさまごきげんよう。

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