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 極太のカーボン製サイドシルを乗り越えて座席につく。横幅はあるが、高さが抑えられているので乗降は見た目ほど難儀ではない。むしろスープラよりもラクである。跳ね上がったドアを引くと、思いのほか軽い力であっけなくドアが下りてきた。油圧シリンダーの助力で上下するドアは意外なほど軽い。

カーボン製の太いサイドシルを乗り越える。

 「シート位置の調節は椅子の下の左側にあります」

 シート下の分かりにくい位置にあるボタンを手探りで見つけ出し、位置を調整する。
 ブレーキを踏んでセンターコンソールにあるスタートボタンを押す。グワンと盛大な排気音が響く。しかし始動後のエンジン音はこれまた意外に静かである。いわゆるスーパーカー然としていない。ブレーキペダルを今一度踏み込んでDのボタンを押す。トランスミッションは7速のDCTで、DとNとRの押しボタン式だ。ハンドルの裏には爪で弾くとチンチンと良い音がするアルミ製のパドルシフトが備わっている。

非常に質感の高いアルミ製パドルシフト。

 「横幅が2メートルを超えるクルマですからね。慎重に扱ってくださいよ」

 言われた通り慎重にアクセルを踏み込む。クルマはスッと滑るように走り出す。実に滑らかな走りだ。ギア類が緻密に噛み合っている感覚。最上級のベアリングが流れるようにスムーズに回っている印象。それらが高い次元で組み合わさり、マクラーレンGTは拍子抜けするほど柔らかく滑らかに走る。フロント225/35ZR20インチ、リア295/30ZR21インチと低扁平率の薄っぺらいタイヤを履いているにもかかわらず、道路の段差でも嫌な突き上げは一切感じない。全てが上質、全てが滑らかな印象である。

 「このクルマでコンビニに入ることはないと思いますが、リフターが付いていますので、段差があるときは必ずこの右のスイッチを押してください」

 このクルマには、昨今のスーパーカーのお約束であるリフターが備わっている。これを押すと、2センチフロント部分が持ち上がるようになっている。コンビニには行かなかったが、何度かスロープの出入路で使用する機会があった。聞かなければ分からない部分はこのリフターくらいで、あとはスイッチに記されたイラストを見れば何とかなりそうだ。

 「気を付けてくださいよ」「決して無理な運転はしないで」
 集団就職の見送りのような心配顔の2人を残して、その日はおとなしく自宅に戻った。

リフター作動スイッチ兼オートドライブ設定スイッチ。ステアリングコラムの右側から生えている。

車重はSUBARU XV並み

 雨の土曜日は遅い時間に娘を誘って首都高に走りに出かけた。

助手席から娘が撮ってくれた。

 3号線から山手トンネルに入り、湾岸線からレインボーブリッジを抜ける。
 それにしても滑らかに走るクルマだ。首都高の段差などものともしない。
 巌のような剛性感。それでいてフワッと軽い。実際にこのクルマの重量は1530kgと信じられないほど軽く、ライバルと目されるフェラーリ812スーパーファストより100kgも軽い。1530kgはSUBARU XVのe-BOXER(2.0e-L アイサイト)と同じ重量である。

 最近にわかに復活したというルーレット族の皆さまが超高速で追い抜いていく。
 ウエットな路面でよくやるよ、と思う。命知らずだなぁ。

 環状線の内回りに入ると、午前0時を回っているのにクルマが詰まっている。事故でも起きたかと思ったら、パトカーが赤色灯を回しながら道の中央を塞いで走っているではないか。なるほど。こうやって暴走行為を防止しているのか。

 辰巳、芝浦とどちらのPAも封鎖されていたので、パーキングでの記念撮影は諦めて、渋谷で降りて表参道で何枚か写真を撮った。

土曜日の夜はパトカーが首都高の真ん中を走り暴走行為を防止している。

 翌日曜日。8時すぎに出かけて外苑前で何枚か写真を撮った。
 その写真をSNSに上げてから、この日も首都高に入った。

 今日は1人なので少し気合を入れて走ってみよう。そう思ってアクセルを踏み込んだ刹那に電話が鳴った。日本屈指の財閥令嬢であるS嬢からである。Bluetoothでつないだスピーカーフォンで出る。

S:もしもし、ヤマグチくん。今どこにいるの?

F:えーと、首都高の三宅坂辺り。ちょっとドライブ中。

S:今マクラーレンに乗っているんでしょう。SNSの写真を見たわ。

F:うん。日経ビジネス電子版の記事にするのでね。