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F:大金をはたいたうえに会社の評判を落としてしまうのですから、「それならやらないほうがマシだよね」という話にもなってしまう。広報も辛いけど、ホンダという会社はもっと辛い。

僕が愛してきたホンダが、このまま終わるわけがない

:はい。ホンダは凄いと思っていたし、何だかんだ言ってもホンダだから必ず勝てると思っていました。でもイギリスに来て実際に現場を見てみると、ものすごく苦労しているわけですよ。改善しても、改善しても本当に勝てない年で。僕はエンジニアじゃありませんから、本当にどうしようもありません。それがもどかしくて、それが悔しくて。ホテルに帰って毎晩1人でシクシク泣いていました。僕が信じて愛してきたホンダって、こんなだったっけ。いや、こんなはずじゃ絶対にない、と。

F:当然マクラーレンとの関係も最悪で、芸能人の泥沼離婚みたいな話になっていた。憧れのF1広報担当になったら、いきなり離婚話。最初の仕事が離婚のリリースか。それは辛いよね(笑)。

:ホンダとしても、その時期はやはり「自分たちが悪い、PUとしてできていない部分がある」という認識がありました。だからマクラーレン側から何を言われても反論はしませんでした。社内で賛否はありましたが、反論はしなかったんです。

F:ホンダとして反論しないと決めていたわけですか。「お前らのシャシーだって問題だらけだろう」とか、言いたいことは山ほどあったはずですよね。

:そこは日本的な美学と言うのかな。自分たちでできてない部分が明確にあるのだから、言うべきではないと。もちろん社内で文句は言いますが、そんなことは外に向けて言うものじゃないと。会社として「言わない」と取り決めたわけではなく、別に何の議論もなく、みんなが自然にそうしていましたね。だって相手の批判をしたって、チームとしていい方向になんか絶対に向かないですよね。メディアだってホンダが言い返して舌戦になるのを待っているわけだし。

F:見たかったなぁ。本当に見たい。他人のケンカほど見ていて楽しいものはありませんから(笑)。

:ヒドいなぁ(苦笑)。当時レッドブルとルノーは、そんな言い争いになってしまって、それをメディアが楽しむ姿を僕らは見ていたので、ああならないようにしよう、と思ったところはありますね。

(写真:ホンダ)

 マクラーレンとの泥沼離婚劇も終了し、トロロッソ、続いてレッドブルとの幸福な新婚生活が始まった。そして今年のオーストリアGPで、2006年のハンガリーGP以来の、実に13年ぶりの優勝を果たすことになる。

:信じられないですよね。「何で自分がここにいるんだ?」という思いがありますよね。僕がクルマを造っているわけじゃないので、偉そうなことを言える立場ではありませんが、本当にホンダに来てよかった、F1をやれてよかったと思える瞬間でした。

F:偉そうなことを言っていいですよ。大威張りしていいですよ。だって鈴木さんはホンダの社員なんだから。ホンダの全社員はホンダがF1で勝っている限り、大威張りで道の真ん中を歩いていいはずですよ。

:僕の場合はすごくラッキーで、たまたまこの場にいるという感じもするのですが、それでも信念を持って物事に向き合っていれば、人生って何となくいい方向に向かうのかな、という実感がありますね。

F:仕事が辛くても、会社は辞めないほうがいいですか?

:難しい質問ですね。僕はSUBARUを辞めていますので。ただ自分の会社でも他の会社でも、その先に自分がやりたいことがあるのであれば、勝負してみる価値はあると思います。人生って思っている方向に何となく進むよな、というのが、ここ数年で僕が感じたことです。あれよあれよと言っている間にF1に、本当にホンダのF1に携わっているわけですから。

中央に鈴木さん、右は山本雅史ホンダF1マネージングディレクター。13年ぶりの優勝を決めたオーストリアGPにて。

 裏方であるべき広報の人を、無理やり表に引きずり出してお話を伺ったわけですが、とても有意義なインタビューとなりました。

 「叩けよさらば開かれん」

 鈴木さんと話していて、こんなイエス様のお言葉を思い出しました。