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:営業がやります。この荷繰りを極めることが、実はホンダの海外営業としてのキモなんです。これがキチンとできれば、現地法人の社長だって務まります。製造も含め、商売の全てが、荷繰りの紙1枚で回るんです。

F:現法の社員は酒飲んでゴルフをやっていればいいのかと……。

:そんなことあり得ませんよ。少なくともホンダの現法ではあり得ない。現法は余計な在庫を持たないように、また工場は余計なクルマを造ったり、逆にモノが足りなくなったりしないように、MTOC(モデル、タイプ、オプション、カラー)を見ながら調整しなきゃいけません。そしてそれは、全て数字で管理されるんです。

F:大変なんだなぁ……。

:同じところで造って、同じところで売る地産地消ならまだいいんですが、例えばこっちの国で造って、売るのはあっちの国、というケースもあるわけです。ホンダにはいろんな国に工場がいくつもありますからね。どこをどう稼働させるかも全体で考えなければいけません。だから数字のスキルは本当に必要で、本当に大事なんです。必要な台数が把握できるのは当然として、財務の知識も求められます。そんなことが、ホンダの海外営業は本当にみんなビシッとできるんです。入社してびっくりしました。すごく優秀な人が多い。切れ者が大勢そろっている。

「これでダメなら、元の会社に帰れ」

F:危機感や焦りはありましたか? だって鈴木さんは学歴もあるし、SUBARUで経験も積んでいるし、自分はイケてると思って入社したわけじゃないですか。

:書面上のステータスが高いのは自分自身で分かっていましたが、それじゃ前の会社ですごく仕事ができたかと言われると、実際はごく普通の社員でしたからね。それほどでもないです。ただ何となく、「鈴木がいる場所はここじゃないよね。合っていないよね」というのは、自分も周りの人も分かっていて……。

 「昔神童、今ただの人」というのはよく聞く話だが、高校時代の留学先で鼻をへし折られ、SUBARUの販売店でピシャ叩きにされ、F1に憧れ転職したホンダでも、またもや辛酸を舐めることになる。なんとも苦労の多い人生ではないか。

:当時の上司には何度も助けてもらいました。たぶん「鈴木はこの職場に合っていないな……」と感じておられたのだと思います。それである日呼び出されて「お前はホンダで何をやりたいんだ?」と問いただされて。

F:そこで「本当はF1をやりたいです」と。

:はい。僕は大学ではスペイン語を専攻していたのですが、メディア関係も勉強していました。留学先で影響を受けたこともあって、発信することや表現することにも興味がありました。だからそこで「F1に関われるなら、広報に行きたい」と言ったんです。それで上司があちこちにネゴしてくれて。

F:それで広報に。

:はい。「お前、これで最後だぞ。営業でダメで広報でもダメだったら、もうホンダで行き先はないからな。元の会社に帰れ」と言われて送り出されました。

F:すごいね。いい上司だ。

離婚報道の渦中に放り込まれる

 広報に転属となった鈴木さん。国内モータースポーツの広報を担当し、水を得た魚のように活躍することになる。そしてその成果が認められ、2017年3月、満を持してF1の担当になる。憧れのF1。僕たちのF1。めでたい。実にめでたい。おめでとう鈴木さん。

 だがここで思い出してほしい。2017年はマクラーレンとホンダの関係が最悪の時期で、離婚待ったなしの状態だったころではないか。

(写真:ホンダ)

:すごいところに放り出されました。2017年はマクラーレンとの3年目で、まさにボロボロの時期だったので。

F:マクラーレンはあからさまにホンダ批判を繰り返していましたからね。「ウチが遅いのはホンダのPU(パワーユニット)のせいだ」と。そしてメディアもそれに同調して、「ホンダのPUは遅いしすぐ壊れる」の大合唱でした。

:はい。だから毎日メディアを見るのが辛かったです。Yahoo!ニュースのヘッドラインにホンダ批判の記事がボンと上がったりして、広報としては最悪ですよ。自分が帯同していたインタビューで誰かが話したことが、批判記事になってヘッドラインに出てしまうのですから。イコール会社の名前が傷つく、ということです。