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 文字通り「3度目の正直」でホンダに中途入社した鈴木さん。

 配属されたのは海外営業部。得意の語学も生かせるし、新天地でひと暴れしてやるか、とばかりに意気揚々と出社した。しかし、ホンダにおけるデビュー戦は、実に厳しいものとなった。

現在のお仕事、ホンダF1の広報活動中の鈴木さん(写真右)。左は田辺豊治ホンダF1テクニカルディレクター。

フェルディナント・ヤマグチ(以下、F):配属された海外営業でのお仕事は順調だったんですか?

鈴木悠介氏(以下、鈴):いや……それが全然ぱっとしなくて、本当にぱっとしなかったです。

F:それはどういう。中途採用の面接では各部からの面接官がワラワラと集まって来て、鳴り物入りで入社したんじゃなかったの?

:紙の上でのステータスが結構高かったので、たぶんいろいろ期待していただいていたのだと思います。こいつならできるだろうと。海外営業部としても、すぐに駐在させたいという意向で採用してくれたはずです。でも、全然ダメでした。

F:ダメというのは、具体的にはどんな風にダメだったんですか?

:単純に上司から要求されたことができないんです。お前これをやっとけよ、と言われたことがちゃんとできない。何か新しいことを、自分なりに発見してみろと言われてもそれができない。データの中から物事が読み取れない。

F:鈴木さん以外の人はできていたんですか?

:できていました。海外営業はみんな頭がいいんですよ。同じ数字を見ているのに、僕とみんなとでは違うものが見えている。そんな感じでした。 

F:会社で仕事をしていて、そんな大きな違いって出るのかなぁ……。私も現役の会社員だからその辺の感覚は分かりますが、会社員の仕事ができるできないって、実はほんの少しの違いじゃないですか。その積み重ねが、何年も経つと大きな違いになってくるのだけど……。

:もちろん経験もあると思うのですが、明確な実力差を感じました。あとは単純なミスも多かった。フェルさんもご存じの通り、こんな性格なので、やっぱりポカミスも多くて。

F:いや、鈴木さんは僕の知っているホンダの社員の中で、一番ちゃんとしていますよ。雑な人が多いホンダの中で、鈴木さんは一番ちゃんとしている。

:そう言ってくださるのはうれしいんですが、海外営業にいたころは本当にダメダメで仕事もできなくて、会社に行くのが辛かったです。

F:SUBARUの販売店にいたときは、売れないとボケカスアホウと詰られたと聞きましたが、それとホンダの海外営業ではどちらが辛かったですか?

:辛さの程度は同じくらいです。ホンダの場合は販売店の現場じゃありませんから、オイコラと詰められることはありませんでしたが、居場所が違うと言うのかな。それがとても苦しかったです。要はどちらの職場も自分がそこで必要とされていないわけじゃないですか。それって人間として本当に辛い。一番辛い。

「必要とされていない」と実感する苦しさ

F:必要とされていない。確かにそれは辛い。その辛さをどうやって乗り越えてきたのですか。

:社員証に赤い文字で「HONDA」と書いてあるのですが、あれを見て。あと会社に大きく「HONDA」と看板が出ているじゃないですか。毎日出社するときにあれを見て。HONDAの赤いロゴを見て励みにしました。「自分はいまホンダで働いているんだ」と、自分に言い聞かせて。頑張ろうと。俺はホンダでF1をやるんだと。

F:いい話だなぁ……。しかし鈴木さんほど優秀な人が通用しないって、にわかには信じがたい話ですね。そんなにホンダの海外営業は優秀なんですか。海外営業って、英語ができて酒に強ければいい、というイメージがあるんですが、そうじゃないんですか?

:とんでもない! それは大変な間違いです。ホンダの海外営業にはものすごく優秀な人がたくさんそろっています。めちゃくちゃ頭が切れて、分析もできて、そのうえで夢も語れる。「販売」というものの基礎を正しく理解していて、販売店にキチンと物を言える。でも僕は販売のイロハも分かっていないし、それほど数字にも強くない。

F:普通にエクセルができる程度じゃダメなんですか。

:普通じゃダメですね。「荷繰り」というホンダ用語があります。要は生産から販売までを一気通貫に数字でつなげることなんですが、「これだけ売りたいから、これだけ造ってもらいたい」ということを、数字を基にして工場側と話がつけられなきゃいけないんです。

F:はー。そんなことまで営業が……。