H:もともとは良いスポンサーが見つけられず、そのために資金も少なかった。それで良いチームに行けないところから始まりました。良いチームに行けなければ、レースで勝つことはできません。それでは埒が明かないので、自分のチームをつくろうと決めました。チームのマネジメントをして、ファイナンスも付けて、自らドライバーもやって、トラックを洗ったりもしました(笑)。ええ、全部自分でやりました。「自分がドライバーをやる」それが目的で、そうする予定で、チームを始めたのです。

F:なるほど。ご自身がドライバーをやるために、自らチームを設立された。そもそもどうしてレーシングドライバーになろうと思ったのでしょう。

H:レーシングドライバーを志した理由ですか。スピードが大好きだからです。それとナイジェル・マンセルの存在が大きいです。イギリス人のとても優れたドライバーで、偉大なチャンピオンです。彼に憧れていました。彼のようになりたいと思いました。それでカートから始めて、そこで奨学金も取って、F3で走るようになりました。ステップアップして、F1のテストドライバーも経験しました。F3000という、今で言うF2みたいなところでも走りました。ここまでは多くのドライバーと同じプロセスです。

F:今までレース以外の仕事をしたことはないのですか?

H:ノー。他の仕事をしたことはありません。

F:興味もありませんか。

H:18歳で高校を卒業したときに、「レースを1年間だけやる」と決めていました。1年間の結果を見て、レーシングドライバーで食べていけるかどうか確かめてみようと。勝負してみようと決めたのです。1年間やって芽が出なかったら、自分には向いていないのだなと判断するつもりでした。そうしたらレースをやめて大学に進もうと。結果、しばらくはレースを続けられたので、私は大学を出てないんですよ。

F:レーサーになった初めの1年でもしうまくいかなかったら、大学に行って何か他の仕事をしていたかもしれない、ということですか。

H:その通りです。「レースではない何か」をしていたのかもしれません。

ホンダを選んだ理由とは

F:なるほど。そうしたらここ(レッドブル ホスピタリティ)でお話を伺うこともなかったかもしれませんね。ここで少しホンダのことを聞かせてください。今季レッドブルはルノーからホンダにパワーユニット(PU)を変更しました。PUを変えるというのはとても大きなことで、大変な判断だったと思うのですが、その理由を教えてください。どうしてホンダに変えたのですか?

H:ホンダに強いポテンシャルを感じたからです。私はホンダに技術の深さを感じています。そして情熱。ホンダはレースに対して強い情熱を持っています。それを感じられたから。

昨年のPU「Honda RA618H」。ホンダの貸し出し用のPUの写真はこれしかないそうな。せっかく勝ったんですから最新版の写真もご用意いただけるとありがたい。(写真:ホンダ)
昨年のPU「Honda RA618H」。ホンダの貸し出し用のPUの写真はこれしかないそうな。せっかく勝ったんですから最新版の写真もご用意いただけるとありがたい。(写真:ホンダ)

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