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F:レースの取材に来たのに、なぜか“クルマの安全”についての話になってしまいました(笑)。ついでと言ってはナンですが、高齢者が起こす自動車事故についてのご意見をお聞かせください。最近は特にシリアスな事故の報道が目立ちますよね。

STIの辰己総監督(左)。

辰己総監督(以下辰):さっき話した「他者をいたわる気持ち」、と似たようなところだと思いますね。今、70歳、80歳の人って、自分たちがクルマを導入してきたという自負がある年代でしょう。クルマを買って、乗って、造って、成長してきた先頭にいた人です。だから「クルマに関して、俺にとやかく言うんじゃないよ」、という気持ちがどこかにあると思うんですね。

F:なるほど。確かにそういう感覚はあるでしょうね。若い人に「おじいちゃん、もうトシなんだから運転はやめましょうよ」と言われても、「昨日今日に運転を始めた青二才が、クルマを知り尽くした俺様に何を言いやがる」と全く聞く耳を持たない。そんなガンコ爺さんの運転するクルマも技術で安全を補完することは可能なのでしょうか?

衰えを補う技術と、法制度が必要

:可能だと思う。技術でも補えるし、造る側は補えるように努力しなくちゃいけないのだけれど、やっぱり並行して何らかの制度をつくって、年を取って身体機能が衰えてきたら、「あなたはもうこれ以上乗れませんよ」という仕組みもなければいけないと思う。

F:そうですね。当事者は辛いでしょうが、やはりどこかで線引きはしないといけません。何らかの法整備は必要です。

:それと今の免許制度のあり方。これも見直す必要があると思う。前に何かの番組で見たのだけれど、ドイツは運転は個人教授が多いらしいんです。生徒を歩道橋の上に連れていって、高速道路の合流とか車線変更の仕方とかを実際に見せながら教えるの。「ほら、あの人はあそこからウィンカー出してスムーズに合流したでしょう。ああ、あの人はヘタっぴ。あれじゃそのうち事故を起こす」とか。雨の日も傘を持って歩道橋に上がって、「こういう時には絶対にスピードを出しちゃいけない。スリップして危ないんだ」とか、運転の考え方、哲学的なところから教えるわけ。個人授業だから、人気の人は評判になってますます生徒が集まって繁盛するし、人気のない人は教わりたい人が集まらないから商売にならない。やがては廃業です。

F:へぇ。面白い。

レース前の辰己総監督(左)。

:今まではクルマと言えば高性能ばかりを追い求めてきたでしょう。若い人を中心にして。これからは社会制度を含めて、「年寄りが安全に乗れるクルマって何だろう」というのを、メーカーも含めて考えたら絶対にできると思う。

F:できますか。