13年ぶりの歴史的な優勝を果たしたばかりの、山本雅史ホンダF1マネージングディレクター(MD)インタビュー、続編です。インタビューは帰国前のウィーン空港ラウンジで行われました(前回はこちら)。時間が限られ、いささか慌ただしいインタビューになりましたが、悪戦苦闘を乗り越えて勝利した、その「直後」の気分が伝われば幸いです。
前回では、「ホンダには、“外”の文化を積極的に取り入れようという文化がある」というところまでお伝えした。
ホンダのF1用パワーユニット(PU)は、メルセデスと同様(と、噂されている)のレイアウトで、ターボは排気エネルギーを拾うためのタービンと、吸気を圧縮するためのコンプレッサーが、それぞれエンジンの前後に配され、長い軸でつなぐ構造になっている(と、言われている)。さらにその軸は発電機にもつながっている複雑な構造だ。正直、今までトラブルも少なくなかった。そこでホンダF1の開発陣は、同じグループである本田技術研究所の、航空エンジン研究開発部の門を叩いたのだ。
ホンダジェットが搭載するエンジン「HF120」。開発は、本田技術研究所が行っている。エンジンメーカーとしては「GE Honda エアロエンジンズ」となる。(写真:ホンダ)
まずは前号の最後の部分から。
F:「壊れる気がしない」って、すごいフレーズですよ。
山本さん(以下山):本当に壊れる気がしない。実際に壊れないし。
F:全然違うフィールドの人の意見を入れるというのは、とてもいいことなんですね。刺激になる。
山:とてもいいことだし、もともとホンダにはそういう文化があるんですよ。「外の文化を積極的に取り入れようという文化」がある。異業種とも交流しているし。もともとホンダって、そういう会社なんですよ。
(前回ではここまでお話しした。さて続き)
F:ホンダには人の意見を聞く姿勢がある、ということですね。
山:そこを「はい、あります」と言い切れるかどうかは微妙なところなのだけど……。
こういうことは個人差もあるのでね。でもホンダには、そういう文化や雰囲気が間違いなくありますよ。一方でとかくエンジニアって、自分たちが自力で何とかしなくちゃいけない、いちいち人に聞いちゃいけない、という気概もあるでしょう。
F:ええ。技術系の会社であれば、やはりそれはありますよね。とても大事な感覚だとも思います。でもヘタをすると「唯我独尊」になりかねない。
山:そう。責任感が強くて、他人に聞くのが何となくカッコ悪いというか、他の人に負けたくない、みたいな気持ちもあるでしょう。
F:全部自分で考えなくちゃ、的な。
今回最後の最後までトップ争いをした、ルクレールのフェラーリがスタートグリッドに着くシーン。
山:そうですそうです。ホンダには他の技術を積極的に取り入れようという文化がある一方で、「自分で考える」というのもまたホンダの伝統だから。まずはしっかりそこをやり切らないといけないし。
ホンダ創業者のすごさ
F:今、山本さんのお話を聞いて、本田宗一郎さんと、ソニーの井深大さんの関係を思い出しました。本田さんは井深さんを「井深の兄貴」と呼ぶほど慕っていて、エンジンとは何も関係のない当時の東京通信工業に話を聞きに行った。「エンジンの点火をトランジスタできれいにできれば、もっと回転数を上げられるんじゃないか」と素朴な疑問を持って出かけて行ったと。1950年代の話ですよ。今で言う点火時期電子制御のハシリじゃないですか。確か『わが友 本田宗一郎』という本で読んだ記憶があります。
山:宗一郎さんって、そういうところがすごいんですよ。自分が学んで、勉強して、強くなるところは思い切り強くなる。でもそうじゃないところは、ちょっと弱いなという部分は、偉くなってからも強い人に平気で聞きに行っちゃう。素直なんですよね。
F:ホンダイズムと言うのかな、そういう雰囲気は、今でもホンダに残っているのですか。
山:大なり小なり残っていますよ。僕はそういうホンダのフィロソフィーで仕事をしていると思っているもの。もちろん自分で努力することも怠っちゃいけないですよ。でもまったく専門外のところをゼロからやるとなると、それはやっぱり効率が悪いじゃないですか。それに何年も費やすのだったら、サッサと専門の人に聞いたほうがずっと早い。ましてやそうした専門の人が社内にいるのだったらなおのことですよね。僕はそういう考えです。
F:山本さんのような考え方の人もいれば、いやいや、俺は負けない。全部自分でやるんだ、という人もいる。
山:いる。僕だってもちろん人には負けたくない。あいつにできて、何で僕にできないの? という思いだってある。でもね、10年もそこに集中して、ガッツリ取り組んできた専門家を、1年や2年で負かそうなんて、そりゃムチャですよ。そういう発想は僕にはないな。
F:そうですね。どう考えても効率が悪い。
山:効率が悪いし、ましてや僕らがやっているのはF1ですよ。時間との戦いなので。
F:確かに。ピラミッドを造っているんじゃないですからね。のんびりやっていられない(笑)。
山:ピラミッドときたか(笑)。まあ何にしても、F1は個人個人のスピードで戦えるほど甘い世界じゃない。スケジュールは21戦の中でキッチリとフィックスされているし、他社との競争もある。クルマを開発してお客さんにデリバリーするという市販車の仕事ももちろん大変なんだけれど、レースはガチで争う10チームの敵と戦っているわけだから、やっぱりスピード感が違う。そこで勝つためには、本当は24時間寝ないで仕事をしてやるぐらいの勢いで取り組まなければいけないのだけれど、今の日本では、そんなことできないし。
F:ですよね。時間外労働の上限規制はますます厳しくなります。
山:そう。だからこそ、社内のいろいろな業種の知見を使うべきだと僕は思うし、実際に浅木(泰昭氏、HRD Sakuraのセンター長)なんかが社内でコミュニケーションをしてホンダジェットのエンジン担当者を動かしたということは、僕は今回PUが加速度的によくなった理由の1つだと思っています。
応援で地面が揺れる
F:なるほど。大変よくわかりました。で、どうですか。初優勝のご感想は。
熱狂するオレンジ色の皆さん。内側からフェンスによじ登って撮りました(マックス・フェルスタッペン氏はオランダのレーシングドライバーで、オレンジはオランダのナショナルカラー)。
山:オレンジ族って言うんですか。あのものすごい数と勢いのマックス・フェルスタッペン応援団。3万人以上もいたという話です。何でしょうね、「勝つってこんなことなんだな」ということを、初めて体験させてもらいました。会社に対してもそうだけれど、このプロジェクトに関わってくれたすべての人、ホンダを応援してくれる人、モータースポーツファン、皆さんに感謝ですよね。
F:「勝つってこういうこと」。それ、まったく同じことを広報の松本さんもおっしゃっていました。実は昨日、サーキットからの帰りに大勢のオレンジ族に僕ら囲まれちゃって、エライ目に遭ったんです。関係ない僕まで握手攻めになって。
山:そうなるよね。マックスの地元ではないのだけれど、ホームコースみたいなものですからね、レッドブル・リンクは。
F:ドーッと地面が揺れるような、それこそ地響きのような応援でした。
ストレートから1コーナーの奥まで、オレンジ族が埋め尽くす。
山:本当にすごいです。あれは運転するマックスにも聞こえていたんじゃないのかな。
F:「応援」って本当に効きますよね。本当にゾワッと鳥肌が立ちました。
泣き虫山本MD、やっぱり泣く
山:うん、効く。応援は効く。僕も帰り道にはオレンジ族に囲まれて、もみくちゃにされました。前に進めないほどだったけれど、やっぱりうれしいよね。
F:そう言えばオレンジ族が口々に叫ぶのは「Congratulations!」じゃなくて、「Thank you!」なんですよ。オメデトウじゃなくてアリガトウ。ホンダよ、マックスを勝たせてくれてありがとう、と言うんです。
ホンダ? 日本人? 我々を崇めるのは少し違うような気もするのですが、まあいいや(笑)。
山:……そう……(山本さん、この辺から涙ぐむ)。やっぱり勝つのはいい。うれしいですね。ファンにも喜んでもらえるし、もちろん僕らもうれしい。こういう体験をできるということに、まず感謝ですよね……。
F:誰に感謝ですか。
山:会社に感謝だし、サプライヤーさんにも、家族にも。この仕事をしていると、家族サービスなんてほとんどできていないでしょう。この世界に入った以上は、「勝つために何をするか」しか考えていないので。この週末も家にいなかったわけだし。
F:でもこれで、大手を振って家に帰れますね。どうだ、パパはやったぞ、と言えますものね。
山:うん、言える……。正直な話ね、「やった」というのはもちろんあるのだけれど、「ほっとした」という気持ちもちょっとあって。モナコGPまでには何とかしたいと言っていたのに、それが実現できなかった。実はモナコが終わってからは、しばらくテンションが低かったんです。
F:そうでしたか。で、これからはどうされますか。
山:今回の優勝で、研究所を筆頭にホンダの内部もさらにポジティブな方向に行くと思います。特に研究所の開発スタッフとチームのメンバーにとっては、この1勝がいろいろな意味で後押しするパワーの源になるのだと思う。昨日からSakura(HRD Sakura、レースエンジン開発の総本山)の方からもたくさんのメールもらって、みんなが本当に喜んでくれていて……。
「もっといいパワーユニットを作るから」なんて連絡が来て……(泣)(ここでちょっと中断)。
山:そういうのが本当にうれしいし、頼もしいよね。やる気のある若いエンジニアが、ホンダには元気のいい若いモンがまだまだいっぱいいるし。本当に昨日の夜は僕もほとんど寝ていないんだけれど。
寝ている場合じゃないんだよね
F:メールの返信で?
山:それもあるし、次につなげていかなくちゃいけないこともあるし。寝ている場合じゃないんだよね。そういう意味で、今回の勝利は、本当に次……本当の意味でつながっていく1勝だったと思う。
F:おめでとうございます。握手してください。
山:ありがとうございます。フェルさん、ありがとう。
F:最後に一言、何か読者へ向けてメッセージをお願いします。
山:日経ビジネス電子版読者の皆さん、いつも見ていただいてありがとうございます。本当に「お待たせしました」という感じなんですが、今回の勝利は、チームホンダが一丸となって、一個一個積み上げてきた成果だと思っています。そして皆さんのようなホンダファン、モータースポーツファンの応援があってこそだと思います。本当に、本当にお待たせしました。
正直な話、個人的には少しホッとしているのですが、そんな今だからこそ、この1回に留まることなくみんなで力を合わせて勝ちに行きます。
レッドブル、トロロッソ、ホンダ。この3者で、これからも1つでも多くの勝利を取れるよう、そしてまた皆さんに喜んでいただけるよう、必死で頑張って行きます。
これからも応援をよろしくお願いします。
F:ありがとうございました。とてもいいお話がうかがえました。
山本MDのインタビュー。いかがだったでしょう。
ここで勝手な解説を加えると、山本さんの熱い思いが薄らいでしまうような気がしますので、余計なことは言いますまい。
今回の取材では、本当にたくさんの方からお話をうかがう機会がございました。
まさか、というようなビッグ・ショットのインタビューもございます。
徐々に蔵出ししていきますので、お楽しみに。
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そうそう。フォロワー1000人突破記念のイベントは、着々と準備を進めていますのでお楽しみに! それではみなさままた次回!
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